2021.09.24(2-p.150)

なんだか久しぶりの出社。寝坊ぎみで、食事も摂らずに顔を洗って着替えると、すでに朝会に出ている奥さんと目配せで挨拶をしてふらふらと家を出る。しばらく歩いて社員証を忘れたことに気がつく。すでに駅のそばまで来ているが仕方がない。引き返して探すも見つからず、リュックをひっくり返してみると最初から入っていた。なんだよ、と思ってまた出て、エントランスから公道へ最短コースで出ようと鋭角のカーブを試みると見事に目算が外れて植え込みの角に脛をぶつける。思わず見上げた空は青かった。

ぼえぼえ仕事して、早仕舞い。さっさと帰ろうかとも思ったが、今日は奥さんが夕食を作る気持ちとLINE があって、楽しい一人の時間を邪魔するのもな、と思い電車に乗って初台へ。電車の中で軽い気持ちで始めた夏イベの高難易度クエスト──期間中に二回令呪込みでトライして撃沈していた──がなんだかクリアできそうな感じがあって、三画の令呪でコンテニューして長丁場だった、ゲームを終えてから本を読もう、と思ってうろうろしながら遊ぶ。確かにクリアできたが、そのためにお店を過ぎて代々木八幡の方まで歩いてしまった。なにやってんだろ、と思いつつ引き返してfuzkue 。今日は『ブードゥー教の世界』。思いつきで来てしまったからリュックにはこれだけだった。そう思っていたら昨日買った『公共性』もあった。結局『ブードゥー教の世界』は思った以上の歯応えでこればかり読んでいた。久しぶりに阿久津さんの顔が見れてなんとなく嬉しい。入店の際のこんにちはが多分マスクの内側で掻き消えてうまく届かなかった感じがあった。「文學界」の感想が訊きたいな、と思いつつも、途中でシフトの交代があって帰る頃にはいらっしゃらなかった。店主や店員への信頼や親しさを勝手に感じるようになっても、あくまで馴れ合いやお喋りのために来ているのではなく、本を読みに来ているのだ、という一線が気持ちよく引かれている感じがあるから僕はfuzkue が好きだった。そのうえで、タイミングが合えば退店時にちょっと立ち話できるとラッキー、みたいな。人間関係よりも読書の質が大事にされている。

帰ってきて、最近は手だけでなく顔も洗う。一日マスクだと思春期並みに顔がベタつくのだ。美味しい夕食をいただく。じゃがいもと梨と生ハムのサラダ、塩豚とレタスのサラダ、玉ねぎのクミンスープ。タンパク質好きなのに、なんでだかサラダばっかになっちゃった、スープもサラダっぽいし、と奥さんは言っていたけれど、食べ始めるとしっかり満足感もあって、それぞれ味のベクトルもちがって楽しく、いい献立だと思ったし、そもそも作ってもらう立場で、どうして品評のようなことができるだろうか。お前は何様なの? どうしてやってもらって当然みたいな顔してるわけ?

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。