2021.10.29(2-p.166)

『柄本家のゴドー』、今月末でAmazon Primeでの配信終了ということでなにげなく再生を始めたらべらぼうに面白い。稽古場における柄本明の自問自答のような指示出しの様子が最高。独り言と中断やキュー出しの声との区別の曖昧さも気持ちよくて仕方がない。稽古したいなあ。僕はお芝居が作りたい時、上演はあんまり重要ではなくて、テクストや空間との格闘自体が楽しい。文字を声や動作で開いていくこと、ある身振りひとつで空間を変容せしめること。それを試行錯誤するのが楽しい。柄本明のキラキラした目の笑顔がよかった。試行錯誤の最中で一瞬なにかが掴めた、あるいは何かに掴まれた瞬間というのは、誰しもああ言う顔になるのだな、と思えた。

渋谷のラジオに中村さんが出ていて、アーカイブを聴くとがっつり『プルーストを読む生活』の話をしていて嬉しくなる。

わかしょ文庫さんがポイエティークRADIO のゾンビ回を聴いてくれたようで、ゾンビは「臭そうなものを画面で観続けるのがとても苦手」とツイートしていて納得の理由なのだけどなんだか可笑しかった。そうか、僕は臭い立つような不潔な映画、好きなんだな、とわかる。昨晩僕は奥さんにこれとっても面白いから! と『心霊玉手匣』を観せたら本気で嫌がられてしまい、そうか、怖いの苦手な人もいるんだよな、と反省したばかりなのだ。僕はどうも最近心霊やゾンビが面白くて仕方がなくて、知的興奮が怖さや不快さをうんと上回っているせいでそうしたホラーものの不愉快さに鈍感になっている部分があるのかもしれないと考えていたのだが、むしろ僕は不愉快なものを愉快に感じてしまうようになっていて、不愉快だからこそ愉快だから愉快な気持ちになるものとして人に不愉快を紹介すると人にとって不愉快は不愉快だから不愉快な思いをさせてしまうのだ。しまったことだ。わかしょさんはサブカルチャーにおいて「教養」とされるものの性差がエグい、という指摘もされていて、ここはちゃんと掘っていきたいところだな、と思う。今の僕は、昨日の日記に引いたような、なぜ幽霊はだいたい白い服着た女性なのか、という問いへと繋げてしまう。趣味というものを巡るジェンダー。

なんだか今日は何もかもやりかけのような、何か重大なことを捨て置いているような、そんな心細さが終始ある。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。