2022.01.25

網野善彦『日本中世に何が起きたか』を読み終える。講演の速記録などラフな文章をまとめた一冊を通じて描かれるのは、神聖視から蔑視への転換という動態だ。たとえば、以下のような事例がわかりやすくて楽しい。中世では罪人の家を焼き払ったり壊したりしていたが、当時竈のない家は家ではなかった。だから竈もないようなところを罪人が住処にしていた場合、場を清めるために壊すべき家が存在しないことになる。その場合は家を焼く代わりに、住処にむかって法螺貝を吹くことで処罰の代わりとした。これは法螺貝の音色が、浄めの効果を持つと信じられていたからである。時代が進んで、神聖なものの権威が失墜してくると、「ホラを吹く」という慣用句は今の用法のように、でたらめなことを大袈裟に言い募るというような意味になる。ここに、法螺貝がかつて持っていた聖性が失効し、かつての神聖視が蔑視へと転じていく事態を読むことができる。

網野善彦といえば「無縁」だけれど、世俗のしがらみを切断し、個人と密接な結びつきをもっているモノと個人との関係を切断し、モノが商品に転じる「無縁」の場として市場というのは、本来宗教的な場所であったのだということが本書では繰り返される。金融というのも宗教的行為で、利子というのは神への供物としてあったのだとか。貨幣システムというのは、聖なるものの代わりに「無縁」=切断の機能を請け負うようになっていく。神聖なものとしてあった商業の世俗化、それに伴う地位の低下。資本主義的な経済というもののは、実は中世の時点ですでに機能していたものであり、「原始社会ー奴隷制社会ー封建農奴社会ー資本主義社会」といったリニアな進歩史観で捉えようとすると間違ってしまう。資本主義というものは連綿とこの列島で機能してきたのであり、そのような経済に対する人々の認識の転換、社会的な位置付けの変遷にこそ注目するべきである、というようなことが書かれていたのだと理解した。かなり怪しいのだけど。

図書館に行くのと、ハトムギの青蓋を買いに行くのと、コーヒー豆の補充で、自転車で近所を回る。ハトムギはAmazon の緑蓋を買ってみたら僕も奥さんもなんだか肌との相性が悪く、やっぱり青蓋じゃないとだめなんじゃないか、ということで買い直すことにした。花粉の季節でもあるし、季節柄、青蓋であろうが肌の調子は最悪、ということもありえるが、疑わしいものは替えてみるほうが建設的だった。ポストには零貨店アカミミ特製コクヨ野帳と、蟹の親子さんからの献本が届いていて、うきうき。野帳は出先で開封し、公園で自慢のための写真を撮る。

帰宅して、野帳と『にき』を見せびらかしていると、奥さんが僕より先に『にき』をぱらぱらと読み出す。「おしゃべりな亀」! と声を上げる。奈良のレストランらしい。いい名前だ。二人でお店を検索して、ロースカツカレー焼きオムライスというばかなメニューに胸がときめく。これを食べてお腹を悪くしたい。

ときめきは持続せず。繰り返し、楽しむしかない。そのために本がある。

蟹の親子『にき』 p.94

ざっと目を通して紹介しよう、と思っていたのに、奥さんの様子から「これはいい本だ」と直感し、頭から読み出したら結局がっつり通読してしまう。これは丁寧に向き合うべきだし、ゆっくりにしよう、と思っていてもどうにも止まらなかった。

『にき』を読むと、日記本の制作は、自己顕示にも生活自慢にも収まらない行為なのだと腑に落ちる。日々の天気と同じくらいコントロールの効かない自己というものを文字を用いて外在化し、距離をとって点検する。それは、どうにも距離感を測りづらい自分というものを、一種の他者として読み直す行為だ。そして読み手は他人の日記に自分を見つけてしまうことがある。文字や紙という道具を介して、人は自分の日記を他人のもののように読み、他人の日記を自分のことのように読み返す。日々他人の日記を「浴びる」なかで練られた日記論は空論ではなく、日記そのものの中でしっかり体現されている。すごいなあ。

日記本を作るために、原稿(日記)に手を入れている。これでもう、私の日記ではなくなった。手を入れたら、違うものになる。では、その本に書かれているものはなんなのだろう。また別の日記か。こんなに書き散らかして、何をしようというのだろう。

同書 p.136

日記の話をいろんな人としてみたくなった。自分にとって、あなたにとって、日記って何ですか? 人に読まれることを想定するのとしないのとで、何か変わるもんですか? 日記のことを考えている時がいちばん日記が捗る。自分の生活のことや、自分の感情のことを考えていても自分は捗らない。自分が捗るとは? 捗らせても仕方がないのでは?

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。