2022.06.18

電車では青空文庫のアプリでゴーゴリの『外套』と『鼻』を読んでいた。『鼻』は最高だなあ!どのシーンを切り取ってもキング・オブ・コントで優勝できそうな可笑しさに満ちている。それでいてやりきれない悲哀がある。新聞社でのやり取りと、鼻をくっつけようと頑張るところが特に好き。『外套』はスタンダードな怪談としても読めるが、『鼻』は朱雀門出だ。

乗り換え駅で降りて、マルジナリア書店。存在と時間をいただく。店内では子供たちがのびのびとりんごジュースを飲み、車の本を指さし、店主の褒め言葉にまんざらでもない様子ではにかみ、はきはきとおしっこに行きたいことを伝えてトイレへ連れて行ってもらう。そうした動きを耳だけでとらえ、だから僕はこの子たちの顔も知らない。背丈だけは視界の隅でなんとなくとらえただろう。父親の声が叔父を思い出させる。親戚ではじめてプレステを買った叔父。耳は店内のいい時間によそ見しながら、目はいい加減に『挾み撃ち』の再読をしている。

時間もあるし、歩くことにして、いつか通った道を逆向きに進みながら日記を書き出した。けれども方向は合っているようだが記憶にある道と違うようだ。あっさりと挾み撃ちし損ねた僕は、こうした行為のし損ないこそが『挾み撃ち』的であると思った。そうこう書いているうちに記憶通りの本宿町の信号機に出くわす。前回は一本隣の道で、要はその分遠回りしたらしい。安心の20号線で、前はこの道を逆向きに、昼食を食べ損なって歩いた。びっくりドンキーのあたりで行政区が変わる。境を示す標識が歩行者の目線の高さで面白がったのだった。

分倍河原のダイエーでトイレを借りる。思い切りバックヤードに侵入していく方式で愉快だった。しかし立ち止まると途端に汗が噴き出す。ダイヤ街前の公園で汗がひくまで風に当たることにした。雨が降るまでここで遊ぶわ! という威勢のいい声がする。今日はよく子供の高い声を聴く。どの声もいいものだった。公園の通路を挟んで向こうのベンチに座って商店街を観察していた方が、つまずく本屋 ホォルの深澤さんだとのちに判明することになるのだが、この時は絵描きだろうかと思っていたことを白状しておく。

書肆海と夕焼で後藤明生『挾み撃ち』読書会。三柴さん友田さんに東條さんもいらして、『代わりに読む人』執筆陣率の高さが愉快。松崎さんが気前よく披露してくださるお宝を囲んでの会は非常に面白く、太田省吾の名前が出たところで楽しさのあまり笑い声をあげた。「とつぜん」のひらきの話にはハッとした。駅前のインド料理屋で打ち上げ。店主の一押しがラーメンで、たいへんよろしい。たらふく飲んでごきげん。蛙坂さんの新作怪談も聴けて贅沢。酔いに任せてあることないことびゃーびゃー喋ったことだろう。楽しく歓談していたのだが、座が一瞬吊られたテレビの「世界ふしぎ発見!」に吸い寄せられた瞬間があった。

後藤明生は酔うと原稿用紙に書をしたためたのだとか。僕は酔っ払った電車で日記を書く。素面でも書くのだが。僕は日記は一筆書きと決めている。読書会について詳しく書きたい気持ちがないではないのだけれど、すでに通り過ぎてしまったし、あとは車内で一人にまにまと反芻することにしよう。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。