2022.06.21

選挙が近づくといつも機嫌が悪い。昨日の大阪地裁の判決のお粗末さもあいまって怒りが体に溜まってるのがわかったから散歩に出かけてツイートを書き散らかしていった。

今日も暑い。日差しで画面が見にくいが、発光の具合を調整しながら書き出していく。

「賃労働も生殖もバリバリ行う正社員だけを庇護対象とする態度を露骨に打ち出す国、気持ち悪すぎる。」

日差しの強さにサングラスを持ってくればよかったと思う。でもそうするとより一層画面が見にくかっただろう。

「子供の頃は歴史の勉強なんかしながら「自分が死ぬまでは国が滅びたり今の感じがひっくり返らないといいな」と思ってたけど、いまは「生きてるうちにこの国が滅びるとこ見てみたいな」みたいな気持ちが出てきた。」

フリック入力だと140文字が限界で、でもそれを連ねていけばそれなりの量になる。サボを履いて出かけるのは久しぶりな気もする。なんであれ、晴れているのは嬉しい。

「就職して結婚すれば晴れて安心安全な「国民」の仲間入りというのが現在進行形で保守管理しようとしている体制だとして、どんどん貧しくなってる今、そもそもイメージされてるユーザー像にハマる人間は日に日に減少している。まず手を打つべきはユーザーの限定ではなく拡充だろうに。」

まずは図書館までの道のりでこれだけツイートした。本を借りて、コーヒー屋に向かう。

「現代の差別の大多数は、わかりやすく直接的な弾圧があるわけではない。地味で煩雑な事務仕事の手間、最低限の補償の出し渋り、毎回イチから説明させられる嫌さ、そういう「国民」の側がふだん意識しないで済んでる面倒の積み重ねで気持ちを挫いてくる。」

住宅街を縫うように歩けば遠回りだが影に入れる。それでもスマホの光量を落とすとまったく読み取れない。

「僕のような面倒くさがりは「国民」に甘んじるのがいちばん楽なのだ。そんな僕のような人間が面倒を引き受けてでもこのあほくさい国に中指立てるための試行錯誤(あまり上手くいってない)が『会社員の哲学』というZINEだったので、悶々と準備してる『会社員の哲学 増補版』の完成を急ぎたくなってきた。」

もともと想定していたのはこの自著への意気込みの表明という着地だ。ここまで書いたところで店について豆を買う。待ち時間に椅子に座ると汗が噴き出す。アイスコーヒーをテイクアウトでもらう。

飲みながら歩きだす。

「トーン・ポリシングという言葉も知らず、自分が甘やかされてないとびっくりしちゃうような人たち相手に、それでもわかるようにイチから説明してやらないと大多数の合意形成が成らないというならば、そうした怠け者たちの介護はそいつらと同じ特権を付与された僕たちのような人間の仕事です。」

残った氷を頬張りながら首筋が焼けるのを感じる。

「そういう面倒は、当事者が負担するものではない。非当事者のほうが、「冷静に」「やさしく」「根気強く」勉強したり説明するだけの余裕がある(可能性が高い)。これらのツイートももっとクソとかバカとか連発してたのを踏みとどまって書き直してるけど、まだ抑えきれてない。外野の僕でさえそうなのだ。」

最後のこの2ツイートに辿り着けてよかった。書き出すと、思っていたより遠くまで行ける。

これらのツイートは変に拡散されることもなく、歩行と執筆を散じることで気分も幾らかよくなった。家に着くと奥さんの前で不機嫌踊りを踊って、不機嫌なくせにかわいらしくてえらいね、と奥さんは言い、それから、今のはトーン・ポリシングだったよね、と反省するので、ちょうどそんなようなことをツイートしてたよ、と応える。

三柴さんが言及していたのを素直に受け取って、図書館では『文学問題(F+f)+』を借りてきた。500ページ超えのこれを週末までに読みこなせるのか? と思うがとりあえずざっと通読しようと開くとものすごい平明さだ。すっきりした論理展開で、まったく躓きがない。あっという間に第Ⅱ部まで読む。第Ⅲ部はあした読もう。これはかなりいい足掛かりになりそう。文芸としての技術論だけでなく、文学としての実話怪談というところまで踏み込めたらいいなあ。

アーカイブが今日までなので、夕食後に「天を推し歩く」を再見。ほれぼれする完成度だ。囲み舞台で天井が高い武道館という場の特性を押さえた演出。短編だからこその時間の圧縮と織り込み。声に出して気持ちがいい台詞回し。移動と情動の連関。とにかく脚本と演出の巧さが光る。役者もみんな良い。野口準が好きになる。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。