2020.12.21(1-p.365)

昨晩の日記はスマホであれば三〇行あったよ、と奥さんは言って、安心な僕らはぐっすり眠った。

朝から間抜けな理由でわたわたした。本気でインシデントかと思って焦った。これだけボケていると我ながら清々しいが、奥さんは、あんなにパニックになってるあなたは初めてみたかも、と言っていた。たしかにこんなに呆然としたのは結婚指輪を失くしかけた時以来だった。

録音を行う。久しぶりのひとり語り。ひとりだとペース配分がもうよくわからなくて一時間も話してしまった。一人語りだといつのまにか寅さんの語り口をトレスしていて自分で可笑しかった。

奥さんがこさえた鶏肉のコンフィをうどんにアレンジしてすごく美味しくできたので一人で食べるつもりだったが奥さんにもお裾分け。このおいしいものは好きな人と分け合いたいみたいな気分ってなんなんだろうね、と奥さんに投げかけると、母性? との応え。母性ってなんなんだろうね。

最近日記をホームページに移してからクオリティが上がっているから、ホームページを作ってよかったね。このタイミングで面白い日記が続いているというのは本の宣伝にもなるだろうし。そう奥さんは言って、日記のクオリティとはなんだろうか、というのも考える。いつだか内沼さんが日記屋の構想を語る会の場で、小説は賞レースを潜り抜けるというのがクオリティの担保になっているからそうした担保のない自費出版の小説はなかなか読むのに勇気がいるけれど、日記はみんなただ日々だから素人の書いたものでも面白い、そんなことを話していて、しかし面白くない日記というのもけっこうな数あるよなあともその場では思った。それでは自分の日記は面白いと思っているのかと問われれば、やっぱり面白いでしょと思う。自分の文章が好きか嫌いかで言えば好きではないというか、悪文であるなあとは思うが、悪文であるからと言って面白くないわけでもいい文章でないわけでもないのは当然で、僕は僕の文章の面白さについては、面白いよね、と思っている。

日記は、本題であるはずのプルーストになかなか触れず、遠回りを楽しむように、雑多にたくさんの本を巻き込んで、それぞれの作品を頭のなかで繋げていき、わかろうとしていく。http://www.keibunsha-books.com/shopdetail/000000025427/

意義や目的ではなく、細切れの時間からドロップ・アウトし、フィクショナルな世界にどっぷりと見を浸すことそのものが快楽であり贅沢だという読書の本質を体現せんと、700ページ超をも費やしてしまった、これまた贅沢な読み物。 https://seikosha.stores.jp/items/5fe04bf6b00aa3266bfb2595

だんだんいくつかの本屋さんが『プルーストを読む生活』を通販にも出してくださって、紹介文がいちいちいい。こうした紹介文を読んでいると、この本読んでみたいなあと思えてくるねえと奥さんと話している。僕たちはだんだん『プルーストを読む生活』を読みたくなっている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。