2021.01.09(1-p.365)

「100分 de 名著」の『ディスタンクシオン』の回をまとめて見る。面白かった。なんかぜんぶ知ってる話みたいに聞こえたけれど、じっさいに原著に当たるとどれだけ意味わからないのか興味が湧いた。國村隼がいい声で、読み終える瞬間口をすぼめるのが可愛かった。今月はマルクス。先月は結局開くことさえなかったマルクス。これも100分ぜんぶ揃ったら見よう。でも、ちょっとだけ躊躇いがあって、多分僕は斎藤幸平の喋り方が少し苦手。文章はけっこう好き。『大洪水の前に』はとてもいい本だった。造本もきれいだし。裾野を広げるために新書で出すというスタンスはとても好ましいが、新書はあんまり買う気にならないので、またこういうきれいで格好いい本を作ってくれたらいいな、と思う。双子のライオン堂の読書会も気になるが、読書会のために読む本でもない気もしていて、僕はなるべくイデオロギーや先入観を排してマルクスを読みたいようだった。

奥さんはニトリに出かけて行った。腰がすぐ痛くなり、この冷え込みも拍車をかける。在宅での仕事環境をいい加減整えたいと言うので、ゲーミングチェアを検討していた。いろいろ座ってみる、とのことだった。結論としては、子供用の学習机の付属の椅子が一番しっくりきたとのことだった。奥さんと僕との身長差はYO-LANDI とNinja くらいの差で、奥さんの環世界というものを僕はおそらくわかることはできないというか、椅子ひとつとっても、深さや高さが背の小ささゆえに責め苦になる日々を僕はやはりゼロから想像することは難しい。他人の靴を履いてみたからといって、他人がその靴に感じている違和や困難を察することはできない。プルーストも言ってた。僕たちが他の惑星に行くことができたとしても、そこは見知った世界でしかないだろう、なぜなら、その異世界を見るのは他ならぬ私の目だからだ。ほんとうにまったく異なる世界を見たければ、まず私をまったく作り替えなければいけない。そんなことが『失われた時を求めて』に書かれていて、僕はこの本はやけに覚えてると言うか妙に細部を思い出すので嬉しい。大体の本は読んだ端から忘れてしまうので、やはり付き合った時間の長さと言うのはそれだけでいいものだなと思う。円満に分かれた元恋人を回顧するような気分に近い。じっさいはまったく交歓などなくて僕の一方的な勘違いかもしれないというのも含めて。

きょうはあまり読む気分じゃなかったので『生活の発見』と『ネロポリス』をちょっとつまんでおしまいだった。『プルーストを読む生活』がブックファースト新宿店に! と奥さんとはしゃぐ。この前友達から「普通の本屋さんでもう買えるのかな?」と連絡が来て、普通ってなんんだろう、と思ったが言いたいことはわかった。僕は僕の好きな本屋さんが、小さかったり、個人の誠実さや偏りが反映されているような本屋さんが普通でありうる世界がいいなと思いつつ、でもそうじゃなくて、ブックオフのような無作為性も内包するような本屋が普通にある世界も好きだ。というか普通というものはない。みんな普通じゃない。

ZINE版の2巻の感想を長めに呟いてくださった方がいて、この方は1巻の素敵な感想も眺めに書いてくれていたのですごくいい人だった。なんだかすごく嬉しくて、嬉しかった。楽しく読んでくださる人がいて、それがこうして伝わると言うのはすごいことだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。