2023.03.22

愛とはなんだかわからないが、お昼にひとりで入ったお店のご飯がとびきりおいしかったとき、ああ、奥さんと一緒にこれを食べたいな、と思い、そこですこしだけ愛について考える。充分な定義ではないだろうが、おいしいと思ったものを分かち合いたいというお節介は食い意地のはった僕にとって最大の好意ではある。奥さんと僕は別個体なので、味覚のようすも異なり、だから僕が感激するようなものにおなじように感激するだろうという理屈は通らないのだが、とにかく僕は僕に喜びを与えたものを奥さんにも押し付けたい。そういう衝動がしばしば起こる。昔のひとは月が綺麗だといったというが、僕はこういうだろう。これおいしいよ、ひとくち食べてみる?

『会社員の哲学 増補版』の加筆修正をひととおり終えて、刷り出して読み返しペンを入れていく。途中で休憩のためにコーヒーをスタンドで飲む。それからまた原稿の整理。これは、ずいぶんと面白いのではないか。初版のときの感想を掘り起こして読み返す。21年の秋か。一年以上も発酵させておいたわけだ。これだけ同じものを作り続けるというのは初めてのことだが、制作において時間をかけることの大事さを痛感している。時間をかけるとは、ゆっくりやるということではない。さっと作って、じっくり寝かしておく。ずっと手をかけるのではなく、放っておく時間をたっぷりとることこそが時間の効能なのだ。

ガンダム00の舞台の二本目を観る。松崎さんはとにかく演劇のナラティブを知り尽くしている。やっていることとしては、いい歳した大人たちがちょっと豪華なデスクチェアを全力で滑走させて戦争ごっこをしているだけなのだが、こんなにも面白い。僕はガンダムをちゃんと観たことはないのだけど、クライマックスにおける地球人類への壮大なアジテーションの連打の暑苦しさは、観たことがない人までもが耳学問でつくりあげた概念上のガンダムの魅力そのものだ。おれはいま、ガンダムを観ている! おれたちが、ガンダムだ!

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。