2023.03.29

二年前に買った『16日間の日記 29日間の日記』を読みながら通勤。買った時も読んでいて、でもあのときは時期が近すぎてうまく読めなかった。いま読むとより沁みる。

午前中に印刷所からメールがあって、少し予定よりもはやく進行していて月末には届けられそうだ、そのころの受け取りは大丈夫そうか、段ボールが31個と多いのだけれど、そういう確認だった。もし可能であれば来週のなかばごろの届けにしてほしいと返信をして、31箱、と思う。どうすんだろう。部屋に置き場を確保できる気がしない。何なら全量を屋内に入れることすらできないかもしれない。いまさらなのだが不安が募る。納品が来たら即座に各書店へと送りたいが、予約の都合もあるから数日は置いておくことになる。箱のサイズがわからないが、いまのうちから貸倉庫の手配をしておくべきだろう。あれこれ調べる。

あんな大きな本をいっぺんに300刷るからこういうことになるのだが、書店に実入りのある卸値を設定したうえでなるべく売価を抑えるとなるとこの数がミニマルだった。300部限定というのは、べつにはなから300しか売らないと決めているいうよりは、部屋のキャパシティの限界もあるし、つぎ増刷するにしても同数刷らないとどうにもならないと考えると現実的でないということなのだが、やっぱり「限定」って焦らせて購買を煽るような言い方でいやよねえ、というのは書いてしまってから思った。昼休みにドトールで長月さんとゆい奈さんのスペースを聴いていて、あらためて「限定」のいやさを思った。でも、すこし品のない売り方をしてでも初動である程度はけてくれないと部屋が埋まってしまうのも確かなので、もうすこしオラオラと売っていかないと困るのは僕なのだ。スペースでは夏葉社の本の話をしていてにこにこしていると、気を遣っていただいて僕の本の話を始めてくださり、ああ、やはり録音で聴けばよかったかしら、と恐縮したけれど、うれしい。曲線さんを撮った気持ちのいい映像や、ウミガメがクラゲを食べる動画をご紹介できたのでよかった。寝る前にウミガメがクラゲを食べる動画を見て癒されたいなと思って検索したらうまく探せずウミガメが毒蠍を食べるみたいな怖い動画が出てきてしまったというようなお話をされていて、申し訳なくなってしまうが、ウミガメの食事にたいする関心を共有できたことになんとなくくすぐったい気持ちにもなる。動物の食事は生き物を生きたまま食べるので、亀らしいどんくささと同程度に野蛮な暴力のにおいが漂っていて何度も繰り返し見てしまう。もっしゃもっしゃと命を奪うようす。それを、わー、と繰り返し見る人間。

小津夜景のまだ買っていないエッセイや往復書簡を読みたくてたまらなくなったけれど、『いつかたこぶねになる日』も大事に読んでまだとってあるし、今月は買いすぎなのでぐっと堪える。『僕と魔女との備忘録』はワンタッチで電子を買えてしまうから危なかったがこちらもまたの楽しみにとっておく。楽しみの先延ばしもまた楽しむコツである、とじぶんに言いきかせながら。

青木さんと喋っていて欲しくなって、ウニタ書店で買った『送別の餃子』を読んでいた。とてもいい本だ。小学生の頃『河童が覗いたインド』を夢中で読んだ、あの感覚を思い出していた。造本の遊び心も、土地と個人とを描く目の塩梅も、手触りの凹凸がたのしくて、体温が感じられる。書き出しから曖昧な「やさしさ」に決別が告げられるこの本では、他人との出会い損ねと出会い直しが何度も描かれる。抽象的な通念からくる「なんだこいつ」という反感が、時間の経過とともに具体が積み重なって「こうだったのかもしれない」に変わっていく。そのうえで語られる「人を信じよ」という言葉の重み。ふわっとした想像の圏域に留まり踏み込むことをしない「やさしさ」の外側に、ひとつの理屈ではとても割り切ることのできない多面的なひとりひとりの相貌が立ち現れてくる。この本の「信じよ」とは、目の前のその人とちゃんと関係せよという激励だ。

来週には随筆かいぼう教室も日記祭もある。盛りだくさんだ。それでずっと読むことや書くことについて考えている。それはほとんど生活を考えることと区別がつかなくなっているような気がする。

気持がよく、気分が明るいこと。心配ごとがなくてのんびりしていること。楽しいという状態を維持することだけが僕にとって真剣になるべきことであると心底思いこんでいる。

本を読むのだって映画を見るのだってそうだ。見たまま読んだままの軽さや浅さの次元を見過ごさないでいるのはすこし難しい。書くのも作るのもそうだ。練習や稽古は楽しい。そこには重さも深さもないから。でも多くの人はその奥行きのない単調さに耐えられないのかもしれなくて、ここに躓きがある。楽しくなくなる契機がある。それでも構わず呑気に軽々と行い続けるのが肝要なはずなのだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。