2023.03.30

実家に帰ったら大学が運営しているクレジットカードのお知らせが来ていて、今年から年会費がかかるという。更新した覚えもないからいまごろ失効しているはずなのだが、もしかしたら生きているかもしれなかったのと、こういうお知らせが実家に転送されてる事態を初めて知ったのでこちらの住所変更をしておこうと大学窓口に問い合わせてみる。住所変更はできたが、カードのことはカード会社でないとわからないと。それはそうだろうが僕はどこのカード会社のカードを作ったのかとわからないんです。するとどの会社かは調べてもらえるらしく教わった。

カード会社の窓口にかけると自動応答でプッシュ式の選択肢が提示されるのだが「解約したか覚えていないカードについて現状を知りたい」という選択肢はない。ひとまずあるなら解約したいのだからと解約と紐づけられた数字を押すと人につながるわけではなくそのまま自動応答でこの番号と紐づいてるカードの下4桁はこうだが、これの解約でよろしいかという。聞き覚えのない番号だったし、手持ちのカードと照らし合わせてもないものだったからやっぱり放ったらかしだったのかと思い了解の意味の数を押してあっさりと解約された。しかしこのカードが件のカードだった確信が持てない。モヤモヤと奥さんに話すと、それはあなたが使う前にいまの電話番号を使っていた人のカードを勝手に解約してしまった可能性があるという。確かに僕は学生時代から番号が変わっている、もしカードがまだ有効だったとしてそれは昔の番号と紐づいているかもしれない。これはしまったことだった。慌てて問い合わせにかけ直すが、さっきよりもことは複雑だ。「いまも稼働しているカードを持っているか確信が持てないが、あるのならば解約したい。その場合紐づいている電話も住所も古いものでありうるし、これが正しいとすれば僕はさっき別の誰かのカードを勝手に解約してしまったかもしれないのだがどうしたらいいか」というのを問い合わせる選択肢を自動応答は出してくれない。とりあえず人間に繋がればいいとてきとうに押してみても、いつまで経っても機械の声でカード番号を教えろだの、電話番号を教えろだの求めてくるのだが、そんなものこちらは覚えていないのだ。ホームページからログインしようにも登録した覚えはないし、登録しようにもカード番号も何もかもわからないからできない。AI チャットに「紛失したかもしれない」「カード番号も住所も電話番号も何にもわからない」などと助けを乞うと意外にもちゃんと教えてくれて、自動応答の呼びかけを全て無視して待っているとオペレーターに繋がるという。そんな裏技が。電話をかけてスピーカーに切り替えて自動応答の問いかけを聞き流しながら洗濯を干しているとそれぞれの項目を三周も聴かされたあげく、折り返すから待てと機械が言って一方的に切られる。ここに辿り着くまで僕は機械相手に五分近く虚しい呼びかけを我慢して聞くはめになり、しかもこの五分の通話料金はこちら負担なのだ。「電話をかけさせない」という強い意志を感じるが、こちとらそちらの想定のはるか上をいくずぼらをやらかしてネット上の手続きじゃどうにもならなず困ってるから電話しとんのじゃ。効率化というのは組織側の都合でしかないのであって、要は利用者の側に不便の皺寄せを押しのけているだけに過ぎないのだな、ということを久しぶりに実感する。悲しくなって、そのあと自分を奮い立たせるためにぷりぷり怒る。

気を取り直して本を読む。随筆かいぼう教室で宮崎さんとわかしょさんのお二人とお話しするのが楽しみで仕方がなくて、イベント当日までに間に合いそうにない量の本を読み進めながらにこにこしてる。

本の話を存分にできるのは嬉しいなあ。

当日のお題に合わせて明治・大正期の文学や文壇について勉強しつつ、お気に入りのエッセイの再読や、未読だったものの発掘などを行なっていて「本ってなんて楽しいんだろう!」とうずうずする。はやくこの楽しさをお裾分けしたり、まだまだこんなのもあるよと教えてもらったりしたい。本をよみきれないというのは希望だ。世界がいつまでも自分のサイズに収まらないでいるというのはとても大事なことな気がする。

ダサい話なんだけど、自分で本を作って出すようになってから、好きな本の話をするのが具体的な人間関係にもとづくものとして見られないかと不安で──つまり知り合いや友達の本を内輪で褒めて満足してるみたいに見られたらやだなという心配があった──、うまくできなくなっていたのだけど、ここにきてようやく「とはいえ自分は普通に無名だし、自認通りのただの読者という立場でいいと思ったものをいいってはしゃいでればいいんだよな」と思えるようになってきた。

じっさい狭い交友関係のなかできゃいきゃい自閉してると見られることはあるだろうけれど、もう仕方ないというか、いっそ内輪の外縁を広げるように誰でも招くようなパリピ精神でいたいような考え方になってきた。内輪かもだけど、参加したい人はみんなおいでよ、一緒にはしゃご〜、みたいな。僕はもっと友達を増やしてはしゃぎたいので気軽に話しかけてくれたら応えたいし、自分からも前のめりに人に会いに行こうと思う。

週末にON READING で買った箕輪さんのハンカチを持って川べりまでお散歩。ちゃんとハンカチを持つと手洗いがていねいになる。これからはハンカチを趣味にしようかなと考える。そのあと髭脱毛の一回目。ゴムでパチンと弾かれる程度の痛み、と説明されていて、それはどのくらいの大きさのゴムを、どのくらい本気で引き伸ばした後のパチンですか、と訊きたかったが訊けないまま当日を迎えてしまった。解釈の余地があまりに大きい説明で、個人差に対応する知恵を感じる。じっさいはくたくたになった輪ゴムを申し訳程度に弾きました、みたいな具合で、こんなんで痛がる人がいるのだろうかという感じ。フスッフスッと犬のくしゃみのような音をたてて冷却ガスが噴射されるのだけど、その風圧に気を取られている間にビカッとやられるのも終わっている。毛の質にもよるのだろう。待ち時間の半分くらいであっさり終わりでまた来月。帰り道にようやくカード会社から電話がかかってきて、電話対応の係の人はとても感じがよくて親身に対応してくれるから怒りの矛先を見失ってにこやかに話す。もろもろ安心のようでよかった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。