2021.01.13(1-p.365)

電車に乗って神保町に向かった。東京堂書店神田神保町店に、しかもあのレジ前のあの場所に、『プルーストを読む生活』が積まれている。そう三柴さんがTwitter で教えてくださったからだ。これは確認に走るしかない。「無人島に一軒だけ本屋を持って行けるとしたら」というありがちな思考実験があるけれど、僕は東京堂書店神田神保町店と答えるだろう。僕にとってそれほどとびきりのお店なのだ。

三田線沿いに住んでいたころ、神保町は定期券内だったからよく通った。慣れた足取りでA7だかA6出口を目指す──足で覚えているから出口の番号の記憶は曖昧だ。さぼうるの路地から入って、スヰートポーヅのところですずらん通りに出る。いつものようにウィンドウに展示される本を眺めてうっとりしてから、左側の入り口から入る。壁面では医学書院のフェア。トートバッグ可愛いなあ、と思いながら雑誌コーナーを抜けて、レジ前へ。レジ前の、あの場所へ。あの場所でぐるぐるしているだけで一日過ごすことだってできる。そんなあの場所に、『プルーストを読む生活』が積んである。

あまりのことに、一度あの場所を離れ、まじかまじかまじだ、とマスクの中で唱えながら、再び壁面の医学書院のフェアの前に立つ。呼吸を整えようと頑張る。東京堂書店の棚からほとんど何の情報も受け取れないというのは初めての経験だった。棚はもちろんたくさんのことを語りかけてくれる、しかしそれを受け取る余裕がこちらにはないのだ。深呼吸をして、中井久夫と目が合う。少し落ち着く。いま一度レジ前のあの棚へ。レジから見て左の短辺から、時計回りに歩いていく。つまりは、レジの真正面の、あの列に最後に辿り着くように、歩く。みすずの『史上最大の革命』という本が目に留まる。ヴァイマル共和国の本らしい。面白そうだった。東京堂書店は僕はいつもみすずがいっそう輝く。特にそれまで知りもしなかったみすずが、未知のところから一気に知的欲求をくすぐりに現れてくる。ほんとうにこの場所はすごくいいな、そう思いながらその一冊を手に取る。そして、ついにレジの前に辿り着く。ああ、や、やっぱり、ある。ある! 脚をガクガクいわせながら「バンドマンが武道館が決まった時ってこんな感じなのかな──」と思う。お会計をしてもらい、撮影の許可をいただく。撮って、お礼を言って出る。せっかくだからこのまま神保町でランチでもと思っていたが、とても喉を通りそうにない。ふわふわした心地で、気がつけば鼻歌まで歌い出していた。気がついたら駅のホームで、ツイートをしていた。三柴さんが、これは泣ける、と呟いた後、東京堂書店のレジ前のあの場所を称えるツイートをいくつか投下していた。ぜんぶいいねした。

よくよく見ると隣がマリオ・プラーツ『生の館』なの、マニエリスム感がすごい。correspondence!

https://twitter.com/mishiba_y/status/1349202946840350722?s=21

というのもあって、『生の館』はこれまでもいくつかの本屋で目に留まって気になった本だった。9000円近い流石のカラー図版入りみすず価格だったからちょっと泳がせてあるのだったが、それこそ僕にとってみすずのみすず価格を簡単に無視させる東京堂書店で、自分の本と隣り合わせてもらっていたのならこの本屋でこそこの本を買うべきだったな、とすこし後悔するが、予算の関係上、カラー図版なしの『史上最大の革命』でよかったと思い直す。これはこれで、おなじ島にあったわけだし。しかし、たぶん近いうちに東京堂書店で『生の館』も買ってしまうだろう。

そのまま一日ずっと興奮していた。乗り換えで降りた新宿で、ブックファーストと紀伊国屋書店にも行ってきた。こういう大きなお店に置いてあると、本が出たんだなあ! とわかる。すごいことだ。改めてすごいことだと感じるが、東京堂書店の衝撃冷めやらぬまま来るのはちょっと勿体なかったかもしれない。お店が大きいとお店のひとを探し出して声をかけて撮影許可をもらうというのがたいへんで、個人の規模を超えている、と感心する。でかいなあ。こういうひとりでできない大きさに、社会的動物の一個体として素直に感服する。ちなみにブックファーストでは「男性エッセイ」の棚に『パリ闊』と隣り合わせに並んでいて、紀伊国屋書店では「外国文学」のフランス文学の棚の前のスペースに積んでもらっていた。大型書店だとどのコーナーに置かれるかでも、この本がどう思われているかがわかるようで楽しかった。しかし「外国文学」の棚にこの日記が置かれているのは、『パリ闊』が「旅行/ガイドブック」のコーナーに置かれるのに似た可笑しさがある。隣はバルザックの『サンソン回想録』だった。鹿島茂のついでとかで買われていったらどうしよう。

熱に浮かされたように、猛然といつかやろうと思っていたことに手をつけていく。具体的にはほうぼうに連絡を送りつける。こうやってテンションが上がった時に勢いで諸々決めていくから、楽しみな予定はだいたい似たような時期に集中することになる。今晩はお酒が飲みたいなあ!

そう思いながら帰りにスーパーに。ブルックリンラガーが置いてあって、ご褒美、祝祭、と思い、缶入りのあのやたら砂糖がまぶしてあるナッツと一緒に買った。友田さんがTwitterでくださった反応に思わず「将来くそじじいになって誰からも見放された後でも、この思い出だけで生きていけそうというか、この思い出に縋りすぎてくそじじいになりそうなくらい嬉しかったです。」と返したが、すでにくそじじいになりかけてるかもしれない。飲も。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。