寒くて気が滅入るのでなにかカラッと馬鹿らしいことがしたいと検索していたらフランス書院文庫官能大賞に行き当たり今月末が〆切のようだから六万字くらいの官能小説を書いてみようと思い立った。『しししし』に書いてから小説の実作の面白さを知った感覚がつよくある。まずは先行事例のリサーチからだとKindle Unlimited で何冊か入れてみてざっと目を通してみる。バカみたいなエロがドライブするような設定を考えていたらすこしだけ愉快な気持ちになってくる。労働の合間に試しに書き出してみると二千字ほどで冷静になってしまう。おれはいったい何を書いているんだ? これを一冊書き上げるというのは並大抵のことではない。しかもすでに脱線しすぎて官能小説と言っていいのかどうかよくわからない代物になってしまっている気がしてならない。エロい文章ってなんなんだろう。たとえば僕は小説を読むとき、ポトラッチのような、蕩尽の描写にこそエロさを感じるのだが、これを自分で書こうとするとよくわからなくなってくる。
退勤してRyotaさんと池袋のジュンク堂で待ち合わせ。文学フリマ東京でおつかいをお願いしていた本の受け取りがてら文フリの様子やらあれこれ肴にかるく飲みましょうや、という会で、お店を物色して歩いている段からとにかくおしゃべりが止まらない。武塙さんに以前教えてもらったとんてき屋は大繁盛で入れず、文芸坐ちかくのガラガラの安居酒屋に落ち着く。不安だったがだんだんと席も埋まって騒がしくなりよかった。Ryotaさんの声はよく通るからわいわいしていても問題なく聴き取れて、そのぶんこちらはすこし頑張って声を張る。体を使っている実感がある。文フリの戦利品を自慢してもらったり、ブースのお手伝い中の愉快なエピソードを聞かせてもらって、群像一年分が当たってからの読書事情も面白かったがいつしか話は柿内正午の編集会議めいてくる。あなたはね。Ryotaさんはひとに親身になるモードに入るとあなた呼びになるのが面白くて、こちらも真剣に相談に乗ってもらえるのがくすぐったいからあなたと呼ばれ始めるとにこにこしてしまう。あなたはね、いま難しいなあ、もうね、素人ではない、町でいちばんの素人からレベル1の玄人に移行している最中なんだよ、だけど、べつにあなたはね、柿内正午として名を成したいとかないわけでしょ? そうなんだよ、楽しければいいんだよ、でもね、依頼があったらあったで嬉しいし、なければ周りが羨ましくもあるんだよ、どうしたらいい? いや、ほんと面倒くさい! たくさん笑ってそんなに食べず、会計も三千円ちょっとのくせに三時間も粘って喋り通しだったから、きょうはお礼ということで、とドヤ顔で奢って恩を押し売りしたが、たかだか千円ちょっとで恩もなにもあったものではない。きょうの結論としては文字についてはもう素人ぶるな、まじで下手な分野でただ楽しくすることをやったほうがいい、たとえばそうだなピアノとか。そういう話になって、僕は、それだったらボイトレがしたい、と白状していた。カラオケで気持ちよく歌いたいです! いいじゃないですか、じゃあ来年はのど自慢を目指しましょう。来年は年明けにRyotaさんとカラオケに行きいまの下手さを知ってもらい、年末までに段階的に発表会を経て、最後はカラオケ大会で披露するという目標ができた。
僕はそうと決まればやるほうだから、帰り道に駅前のカラオケ屋に飛び込んで30分だけ大きな声で歌ってみた。歌えそうもないBUCK-TICKの歌を立て続けに五、六曲歌って、下手くそだからまったく別物のはずなのに映像や現地で聴いたあれこれのステージが思い出されて泣きながら声を張り上げていた。そうか、僕はすこしでも上手にこれらの歌をうたいたいんだ、別の人がこれらをうたうのを目撃する前に、まず自分で別様のものとしてみっともなく作り替えてみたい、この体でできるかぎりの追憶の型を構築したいんだと気がついてしまったころには時間で、小雨の降り出したなかを早足で帰った。ココアをつくって飲んだ。