上野駅で屈み込む老人の脇を通り過ぎる。鞄の中身をごそごそやっているのだろうと思ったのだがあとから映像が再生されると鞄を覗き込むでもなく顎が胸につくほど首を大きく曲げていたようにも感じる。そして目線の先には鞄の中身ではなく濡れた床があったような気がしてくる。水? 吐いた? 死ぬ? だいぶ先に進んでしまっていたが気になって引き返す。こんどの老人は手元はしっかり鞄を確認していて錠剤を取り出すところだった。立ち上がって水筒から何か飲むまで見届けてもと来た道を辿り直す。いざというとき、僕は五分くらいの距離を過ぎてやっと動き出すのだなと知れた。ほんとうに危なかったなら、手遅れだったかもしれない。
意味もなく町に出たから、持て余す。お金を使おうとしなければゴミ箱もトイレも満足に見つからない。浅草まで歩いてフグレンで本を読む。来るたびに居心地がよくなくなっている気がする。田山花袋について読んでいて、僕はニーチェについてほとんど知らないな、と思う。学生のころちらっと読んでみてなんかマッチョでいやだなあと敬遠したきり縁がない。一時間ほど余分に時間があったから、川沿いをちんたら歩く。特に用事がないくせにずっと進んでいくから一万五千歩とかになる。
透明書店に初めて行った。内沼さんが税理士の方と書店やZINE制作者目線からインボイス制度について語るイベント。会場の人数はそれほどだったけれど、配信では200人以上が参加しているらしい。『『ベイブ』論、あるいは「父」についての序論』は自分なりのインボイス対応として掛け率5掛けに設定している。これがどれだけ妥当なのかモヤモヤしていたけれど、内沼さんの提言と重なるところもあってすこしほっとした。ZINE の活動自体が本屋の負担にしかならないのであればいっそ直販に切り替えようかとも思い詰めていたので、そうはしない道がまだありそうだった。しかし改めて馬鹿みたいな制度だ。腹が立つ。イベントの前後には棚を見て回る。暑苦しさや嫌味のない「やるぞ〜」という気分に満ちた爽やかな棚だった。『プルーストを読む生活』もまだある! イベント後にお店の人にプレゼンをして、『会社員の哲学』と『『ベイブ』論』も置いていただけることになった。山賊のような強引さ。
寒さと空腹ってやばくて帰り道に無性に宛先のない申し訳なさで縮み上がってしまって、とにかく気持ちがしょぼつく。さっきも山賊みたいだったし、よくなかったな。僕は人に迷惑をかけてばかりで、がさつで、図々しくて、よくないな。景気悪い顔で帰宅して、悪税を看過するわけにはいかない、もはや国家打倒のほかない、などとぶちぶち愚痴っていたら奥さんに散々待たされた挙句に話題がつまらないと言われるので奮起して家を出る前にすこし披露していたバカエロ小説の構想について話す。すこしだけ愉快になる。