雨の音がする。もとの天気予報では三日とも曇りがちで雨が降るとあった。昨日まではむしろ暑すぎるほどに快晴で、ほんとうに嬉しかったな、と思う。ベッドから起き出したのは八時くらいだったか。チェックアウトが十時なので昨日ほろ酔いながら荷造りはあらかた済ませていた。名古屋興行のメイン、タマ・トンガ vs. EVILを流しながらのんびり食べる朝ご飯はぐしけんパン。一〇時ぴったりに宿を出るとすでに清掃の人が外で準備していた。うるマルシェで買い物。生鮮がメインで目移りするもお土産には難しい。もずくと月桃茶、スモーク島豆腐を籠に。初日に買ってハマったじーまーみー黒糖はなかったので隣のイオンにまで行ってゲット。移動中の車内ではプロレスの入場曲が流れていて、これは誰だっけ、と当て合う。これ知ってる、と思ったら鷹木だった。楽しみに待っていたけれどH.O.Tつまり拷問の館の出番はなかった。
ベーカリー水円で高橋さんと息子さんと合流。息子さんは挨拶するのは照れくさく、とにかくお店の脇の坂道を駆け上っては駆け下り、駆け上っては駆け下り、うおーと叫んでいた。元気。ロバを眺めたり、カーの側に立つガジュマルの立派な巨木に見蕩れたり、飛行機のおもちゃで遊ぶ子供たちを見守りながら順番を待ち、スープとサンドのランチをいただく。息子さんは『パウ・パトロール』が好きらしく塗り絵を見せてくれた。お気に入りのキャラクターだけ色が塗ってある。その塗りがすこしもはみ出さずグラデーションの具合も丁寧な仕事で、先ほどまでの有り余るパワーからは想像できない繊細な手つきだった。上手だね、というとテーブルの下に潜ってしまう。興奮していてご飯どころではないらしくオレンジジュースだけ飲んでは、あっヤモリ! と天井を指さす。
今日はこどもの国という動物園の広場でンマハラシーがあるというので見たかった。くじらブックスで買った『消えた琉球競馬 幻の名馬「ヒコーキ」を追いかけて』で描かれる、速さでなく姿の美しさを勝負する競馬。戦争を境に消えたこの競馬が復活していることに驚き、しかも見に行けるというタイミングのよさに飛びついた。動物園につくと、すぐさま息子さんは全力で走るのだが、斜度のきつい坂道は苦手なようで急にしおらしく疲れていたので可笑しい。広場の手前には池があり、桟橋がかかっている。息子さんは池の鯉に餌をやりたいのだとせがんで買ってもらったそれを、なぜだか鳩にばかりあげていた。鯉と同数程度には水鳥もいて、こいつらも鯉とおなじくらいがっついていて迫力があった。僕と奥さんは先に広場まで行って開始していたンマハラシーを見物する。いまは準々決勝くらいらしい。本来は番付制だったと読んだが、たまにの開催だとそうもいかないのだろう。昨日の朝にテラスに現れた鳥のように胴体をぶらさずに足だけをちょこちょこと動かすようにして駆ける。ほとんど軸がぶれないのでしんとした凜々しさがある。
鯉や鳥に餌を投げて満足した息子さんは、隙あらば速度をつけて高橋さんの太ももに頭から突撃していくので痛そうだったが、馬に見蕩れていた僕にも突進してきて、ぐえ、と声が出る。そのまま脛にかじりつくように抱きついてきて、どうやら仲良くしてくれるつもりらしい。友達にいらないからともらったポケモンカードを嬉しそうに見せてくれて、半分渡されて勝負だという。三枚くらいしかないからよくわからないなりに数字の大小で勝負する。それなりに真剣にやって、二勝一敗と大人の強さを見せつけた。地元の小学生が模造紙にまとめた研究成果を読んだり、出店で置物を買ったりしながら三位決定戦まで見ていると、なにやら高橋さんに耳打ちしてもじもじしている。みんなでゴーカートに乗って遊びたいというので丘の上まで行く。ゴーカート乗り場のぐるりには汽車も走っていて、それを見ていたら汽車のほうが面白そうだ。ほら、柿内さんと汽車乗っておいで、と高橋さんにしれっと促されてふたりで汽車に乗った。一周目は外縁でまちかまえる大人たちににこにこ手を振っていたが、写真を撮られると察知したのか二周目は席の下にしゃがんで隠れてしまった。恥ずかしいよ、というのだが、大人一人で乗ってるみたいになるこっちのほうが恥ずかしいよ、と応える。楽しかったね、でもそろそろ帰らなくちゃ。解散の気配を感じ取ったのかすこし口をとがらせて、首を鳩みたいに前に突き出して全身でしょぼくれるが、さみしいみたいだと大人たちが言うとそうじゃない疲れただけだと怒ってみせる。駐車場の真ん中は原っぱになっていて、一緒になって駆け回る。どん、と思い切りぶつかってきて思わず転んでしまったので仕返しにそのまま両手で持ち上げてやる。ふたりで転げ回って楽しかった。大人たちは写真を撮る。カメラマンとおだてられた息子さんは上手に撮った。ばいばい、と言うと、原っぱを向こうまで走り去ってしまう。ばいばいなんかしないよ! と叫びながら。挨拶はやっぱり照れくさいらしい。車に乗って走り出すと、ちゃんと手を振っていてくれる。思わずこちらに駆け寄りそうになるのでひやっとする。君はたぶん覚えていないけれど、一年くらい後にまた会えたら嬉しいね。
有料道路を走る車のなかで、この三日間、ほとんど日記を書かなかったな、そのほかの日課も放り出して、ただただ遊びほうけたな、と思う。明日には自宅で目を覚ましてそれなりに忙しないというのが信じがたい。レンタカーを返却して、空港で解散。奥さんがお土産を見ている間、荷物番をするという口実でぼんやりして、そのまま眠たい体を引きずるように搭乗手続きを終える。すこし遅れて離陸した機内で日記を書いて、ようやく初日だけ書き終えたところで眠ってしまう。すぐに成田だ。預けた荷物を受け取るとすぐにダウンを着込む。十五度ほど違うと思って怖かったけれど、今日の沖縄は曇っていたから涼しくて、それほど寒暖差にやられずに済んだ。機内で熟睡できたから意外と元気でもあった。二時間弱電車に揺られながら本も読めず日記を書く気にもならないので、溜まっているFGOのイベントを走っておく。やたら長くて終わりそうにない。帰宅すると奥さんがてきぱきと荷解きするのでつられて僕もちゃきちゃきして、シャワーも浴びて、それで寝る。