朝、僕よりも早く起き出した奥さんがゴミ出しを済ませてくれる。一階の小上がりは900×900の畳タイルが九枚ぶんのスペースで、それぞれ床板を外せば下は収納になっている。八枚に囲まれた中央の一枚だけは収納ではなく、テーブルの枠組みをおけばそのまま掘り炬燵にできるようになっている。床板はそのまま炬燵テーブルの天板として用いるのだが、いまはほかの八枚と同じように正方向の剥き出しのコンパネであったが、テーブルとしても使う真ん中のものには和紙を貼りたいと話していた。午前中はこれをやる。作業中は阿賀沢紅茶先生の出演しているラジオを流す。ボンドを水で溶いて和紙を並べていく。水を含ませた布でたたきなら伸ばしながら馴染ませていく。いちど窓際で乾かして、あとから水溶性のウレタンでコーティングするのだが、まずはお昼。素麺。
ウレタンの方は奥さんのワークスペースの昇降テーブルの天板にも施すので、奥さんがまとめて引き受けてくれる。奥さんはさらに勢いづき、テレビを壁に設置したり、配線をきれいにして、小上がりの天板に穴を穿って炬燵であれこれ充電できるような環境を整備したり、炬燵テーブルのジョイントを増やしてたうえで脚に凹みをつくることでより安定するように改良した。明らかに過集中で多動気味だ。紅茶を淹れて、レモンケーキでひと息。
台風みたいなのが三つほどあるらしい。僕は眠くてたまらない。台風発生のたび猛烈な眠気が来るのだが、台湾のあたりでできても眠いし、今度のみたいに北のほうでできても眠い。どの程度まで遠ざかれば関係なくなるのだろうか。このおれが列島そのものだとでもいうのだろうか。そして奥さんは台風の影響で体力の限界まで動き続けがちだった。夫妻揃って列島なのかもしれない。しかしおかげで、というのはほとんど一方的に奥さんのおかげで、家はますます居心地がよくなった。夜はマクドナルドに、久しぶりに行っちゃう?ということで歩いていく。チーズバーガーひとつでじゅうぶん満足だった。大人なのでわかる。マクドナルドはおやつであって、お腹いっぱい食べようとすると気持ちが悪くなっちゃう。何個も食べず、楽しいところでやめるべきだった。アイスなどを買って帰り、夕食はカレーライスとフライドポテト。満腹でお風呂。
この家が好きだな、と思う。昨日の来客でいよいよ血が通った感覚がある。結婚したときも思ったが、もうこれ以上いいことってないんじゃないか。ここが終着点なのではないかと思ってしまう。ずっと居心地が悪くて、馴染めないなという感じがあって、気がつけば好きな人と暮らすようになって、すくなくともこの人といればだいたい大丈夫だなと思うようになった。そのような自分にもずいぶん戸惑ったものだ。いまもたまに嘘でしょ?と驚くことがある。元来出不精のはずだが、これまでは家がそこまで快適でなくて、けっきょく気持ちのいい場所を求めて外出しがちだった。いまは、家にいればいちばん心地いいし、のびのびとしていられるのだからとうとう引きこもりになるかもしれない。もう、これで充分。そう思って立ち止まってしまいそうだ。それで構わないような気さえする。けれども、僕がものを書いたり本をつくったりしだしたのは結婚してからのことで、それ以来、考えたこともないほど日々は賑やかに楽しくなった。だからきっとここからまた、まったく想像したこともなかった欲望に駆り出されることになるのではないか。そんな気もする。いまはしばらく、心ゆくまで満足していたい。いやまあ、借金を返さないといけないので、ただにこにこだらだらしているわけにもいかないのだけれど。なんかもう、いよいよ頑張るぞみたいな気持ちがなくなってきた。もとからあったか怪しいが、いまはまじで、ない。家でころがってたい。