2024.09.01

午前中は中古物件のリノベーションについての取材が入る。インタビューされるというのは初めてのことで、ふたりしてそわそわしていた。不自然でない程度に片付けをして、ふだん閉めっぱなしの雨戸を開けて採光したりと張り切る。約束の時間まであまり何にも手のつかないまま細部の掃除に勤しんでいると皆さん来る。流石にプロで、上手に家を褒めてくれて、楽しげな空気をつくってくださるので、こちらも調子にのってべらべら喋る。キッチンの引き出し式の足場や、階段の段差の低さなど、奥さんの背丈に合わせた工夫について熱を込めて自慢する。二階に上がって本棚を眺めるようすににまにまし、『氷の城壁』の話を楽しく交わす。亀だ!とトーニョが人気を博していて、よかったね、と思う。亀は動く人影に興味津々でいるようすだったが、僕らと区別がついているのかはよくわからない。ライターの方が、本棚を見て『群像』を読んでいる人初めて見ました、というので、半ば仕事みたいなものですので、と応える。けっきょく、ただふらっと文芸誌を手に取る人というのがどんなものなのか想像ができないままである。寄稿したこともあるとおっしゃっていたし、後で調べてみるとおそらくけっこう近いところで活動していることがわかって、記事の出来上がりが楽しみになる。きょうは本名の方での取材だったけれど、どこかで柿内のほうでお会いすることもあるかもしれない。

きっかり一時間半と予定通りにきちっと終わると体感はあっという間だがなかなかにどっと疲れがくる。すっごくお腹が空いたね!と砂肝のパスタをつくって食べる。それからまた一時間半、こちらは録音のためにおしゃべりをして、途中で喉がかすかすになった。今日はここまで三時間ほど喋り通しだったわけだから、そりゃそうだ。いよいよくたびれて、でももうひと頑張り。スーパーに買い物に出てどっちゃり食材を買い込む。ふたりでひいひい言いながら運べるぎりぎりの量を買って、というのを月に二回ほどすれば買い物に行かないで済む、そのくらいのペースが目安になってきた。米はたしかに空っぽで、新米が出回るまでに一度は買い足さないといけなさそうなのだけれど難しいかもしれない。供給が一時的に少なくなるかも、と報じられるとふだんよりも余計に買っておく人が増えていよいよ足りなくなるというのは、駅のエスカレーターの片側だけに行列ができるのに似た愚かさを感じる。誰もが解決策を思いつきそうな素朴な愚かさが、いつまでも解決しない。囚人のジレンマというのはおそらくこの現実ではジレンマでもなんでもない。生活者の大半は素直に自分以外は愚かだと思っているから、相手が最も愚かな手を打つというのを前提に動く。行為者の行為が愚かである時、その行為者当人が愚かなのではなく、他の行為者の知性や品性を信頼できないということにこそ問題があるのだが、じっさいのところ、見知らぬ誰かを勝手に愚かなものとして決めつけないで信じてみる、ということができない状態というのは非常によくない。内心の計算がどうあれ、愚行の行為者は愚かでしかないのだ。誰かの愚かさを勘定に入れた上での愚行は、結局のところ、べつの誰かが他人とはそこまで愚かではないと考える余地を毀損している。

帰宅して、おやつを食べながら休憩。手分けして夕飯の準備。お好み焼きをつくる。プロレスを見ながら食べて、ゆっくりお風呂に浸かる。なんだか盛りだくさんだったようで、あっけなく夜になってしまったような気もする。引越し以来、ここに向けてなるべく家を整えていこうと思っていたイベントが終わって、さて、つぎはなにをしようかね、という気持ちがやってくる。十月の福岡に向けての新刊会議をかるく行い、楽しげなアイデアがやってくる。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。