2024.11.23

朝は早起き。八時過ぎには起き出して身支度と朝食。九時。保護猫のお迎えにあたって、ボランティアの方と面談。家まで来てくださる。おなか舐めこわしがあり、病院に連れていくついでとのことで猫も同行してくる。ケージを開けると物怖じもせずすぐさま飛び出して、我が家の探索を開始する。ひとにもあっさり撫でられるし抱っこされる。ほとんどずっと鳴き声をあげ、喉を鳴らし、なにものかを交わそうとしている。屈託のない世界への信頼。とてもかわいいなと思う。猫が歩くと、この家がまた別様な空間として立ち現れる。猫の視点の高さから見たテーブルの面白さ。床の滑りによって阻まれる跳躍。奥さんが抱き上げ、声をかける。その姿がとてもよいものだと思う。好きな人が慈しみの顔をしている。その顔の宛先がこちらではなく、目の前の別の存在に向けられているのを眺めること。食べるものやトイレの好み、確認すべきことをあれこれとお伺いし、一時間ほどで解散。

さっそくふたりで猫ものを買いに出かける。僕はこのまま出発するので、スーパー前で解散だね、と言っていたのだけれど、けっきょくスーパーについていき、あれこれと物色する。昼前になっていてお腹が空いた。奥さんも街まで付き合ってくれるというので電車に乗って一緒にお昼を食べる。洋食屋の手ごねハンバーグ。サラダを食べていたら思い切り舌の先端を噛んでしまい、血の味がした。ぱっくりいっているようで不安だったけれどごはんはおいしく食べられた。

ちょっとそこまでの散歩のつもりがデートになった。宿にさえ着けばよいのだと思えばこうして日中の過ごし方は可変である。昔から、なにか大きなイベントは一日にひとつずつしか入れられないたちだった。遠出をするのであれば前日の夜からそわそわし、当日は出発まで何も手がつかない。あるいは、午前に大きな判断ごとがあるとそのまま夜まで腑抜ける。とくに前者のパターンは、事前に楽しむ姿勢を仕込んでおかないとうまく気持ちを切り替えられず、ぼんやり過ごしてしまうかもしれないという危惧ゆえであったのだけれど、いつの間にか平気で猫のことを考え、デートをし、それから旅行に出かけるというのを平気でできるようになっている。これは、イベントの新規さへの鮮烈な驚きなどなくなって久しいという加齢の効果でもあるだろう。

都心まで出て、電車を乗り継ぎ小田原まで出る。ホームからは城が見える。ここから箱根湯本までは十五分だ。次のシャトルバスが到着するのは十六時十五分。歩けばそれまでに着くんじゃないかと思いホテルまで川沿いを登っていく。坂の傾斜はもちろんきつくて汗をかく。LINEグループを眺めると続々と到着している様子。住んでいたシェアハウスは、前を通りがかる近所の人たちがこう話していた。ここなんだっけ、ほらあれよ、流行ってるやつ、なんか集合しているのよ! そう、いまこそわれわれは集合している。すでに消滅して久しいあのシェアハウスができてから十年が経った。それを口実とした記念旅行だ。到着は十六時半前。バスと大差なかったかもしれない。ホテルおかだに三部屋とってくれている。すでにチェックイン済みのようだからフロントを通り過ぎてエレベータで向かうと左端の部屋からちょうど出てくるところで、そのままその部屋に荷物を置いて落ち着く。大きな窓からは向かいのホテルの明かりと川が見え、広々としたいい部屋だ。十八時の宴会の前にひと風呂。露天でゆるゆると浸かる。四人くらいが集まってきて、近況をおしゃべりする。事実婚だと思い込んでいたのがとっくに入籍していたり、転職していたり、勉強していたり、顔つきから髪型までそう変わっていないようで、ゆるやかに変わっている。というか、中には人の親になったものもいるのだから、生活はおのおの別ものになっているのはそうだろう。十六時前にはもう待ちきれずに宴会場に。畳敷の大部屋で床間には掛け軸もあって、座卓がコの字に配された本格的な宴会場。じつに宴会場という感じ。マイクスタンドもあり、乾杯の挨拶を待ちきれず飲み出す。温泉で血行がよくなっておりよく酒が回る。乾杯があり、マイクが回されて順繰りに近況報告がある。子供が二人、赤ちゃんが一人、大人が十三人。そのうち二人は元住民だった誰かの結婚相手。どんどんメンバーが増えていく。ほとんど親戚の集まりだ。ここにいる子供たちは今日のことを写真で見返す時、こいつらはいったいどういう関係なんだと訝しむだろうか。一緒に住んでた友達だよ。いまの子供達はマイクに興味津々で、早々に食べ終えると両手に握って歌を歌ったりお話をしたりする。大人たちもめいめいに立ち上がり、コの字の内側や、不在の一辺に集まってわいわい歓談を始める。襖が開いてスタッフが申し訳なさそうにひとりに耳打ちする。その一人は可笑しそうにその内容をみなに伝える。なんか、思いの外みなさま食べるのが早いので給仕が間に合っておらず申し訳ありません、だってさ。そう言ってみなでどっと笑う。たらたら食べていてプレッシャーをかけられることはあるけれど、こんなふうに言われたのは初めてだよ、とまだ笑いながら子供達の風船遊びにちょっかいをかけたりして遊ぶ。宴会は二時間ほどでおひらきで、赤ちゃんのミルクの時間。部屋の中で集合写真を撮る。

みんなで足湯を使いながらお喋り。離れの露天に行ってみたくて浸かりにいく。本館のお風呂よりもこっちのほうがずっといい。明日の朝もこっちまで来よう。部屋に戻ってハーブティーを飲みながらゆるゆると過ごす。別室では夜更かしたちが酒を飲んでいる。ちょっとだけ顔を出して、すぐ眠くなって、消灯済みのハーブティーの部屋に戻って布団に潜り込む。隣で寝息を立てているのが誰なのかもわからない。眼下を流れる川の音が絶えることなくきこえている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。