2024.11.24

六時半ごろに目が覚めて、どうしようかと思う間もなく部屋に入ってきた人に、お風呂行く?と声をかけられるので思わず、行くーと返事をしてもそもそ起き出した。ぐずぐずと準備する間に隣で寝ていた人も起き出して、朝からにこにこしていて素敵だった。ああ、昨日の寝息の正体はあなただったのね、と思う。寝入りばな、おやすみーとかそけき女の人の声が聞こえた気がしたけれど、隣の布団は男だと思い込んでいたから気のせいだと思って寝てしまった。もしかしたら彼女だったかもしれない。三人でお風呂に行こうと準備を進めるのだけれど、みな寝起きの緩慢さで要領を得ないし、それぞれ何か喋っているのだけれど声が小さくてもしょもしょとしか聞こえない。一人のもしょもしょに二人で、うん、と応えてから廊下に出て、さっきなんて言ってた? いや、聞こえてなかった。一人がタオルを持って出てきたところで、ああ、タオル持たなきゃって言ってたのか、タオル持ってないや、と笑いながら部屋に引き返していく。そうしてようやく離れの方のお風呂まで坂を登っていく。あがったら休憩スペースで待ち合わせね、と言って分かれ、露天にたっぷり浸かる。近くの山のまだらに赤や黄の混じる木々の肌理を眺めやりながら体が湯に溶け出すような感覚を存分に楽しむ。朝食が八時半からで、ゆっくり浸かれる。早起きっていいなと思う。きのうも早起きだったから一日が長かった。八時前には出て、マッサージチェアが無料で使えるとわかったので使う。すぐに二人もあがってきて、並んで座ってぶるぶる揺さぶられる。

朝食会場では早起きの子供たちが先に食べている。そのまま赤子連れは車で先に出て観光するという。こんないいシーズンに箱根に来ることなんてもうないだろうからねっと張り切っており、そうか、たしかに今はとてもいい季節だと思い至る。もっと閑散期でもよかったのにと冗談めかしていたけれど、いい季節だからこそ、この十年でちゃっかりと大人になったのだと納得できてよいような気もする。ブッフェのコースを二周して、たくさん食べる。

食後のコーヒーを手に持って、昨晩も行った足湯で暖まりながら一服する。二歳半の娘は足が濡れるのは嫌がる代わりに、手を浸したがった。父親が抱っこしたまま体をななめにひっくり返すと、袖や前髪まで濡れてしまいそうで、そのたびに誰かがあっと声をあげる。向かいに座る人はわからないことを素直にわからないと言える人で、わたしがわかったら誰でもわかるってことだから、と胸を張る。年長者の会議での発言をまわりは頷いているのだけれどわたしにはさっぱり理解できなくて、今の何にもわかんなかったんですけどどういうことですか? みなさんはわかりました? と訊いたらみんな下向いちゃうんだもん、ところころ笑う。僕はその態度がとても格好よく思う。それで、何を言っているのかはわかるようになったの? と訊いてみると、うん、わかったよ、とのことで、ますます格好いい。僕はわりと面倒がって、というかあっさりと関係を諦めてそれらしく相槌を打って聞かないで済ますことが多いから、このような態度のさっぱりした誠実さを見習いたい。十一時のチェックインぎりぎりまで布団でごろごろしていると、いい加減に行くよと声をかけられる。そんな十一時ぴったりにこの部屋がなくなるわけでもないのに、と屁理屈を捏ねていたけれど、もう隣の部屋まで清掃が進んでいたからさっさとするべきだった。ロビーでまた集合写真を撮る。

箱根湯本駅まで山を下りていく。山の上の方で吹く風が、黄色く褪色した葉を落とす。ちらちらと落ちてくる葉々は、午前の陽光を受けて黄金色の燦めきとして振り撒かれており、しばらく見惚れる。街道が近づくと、人力車が下り坂を猛スピードで駆けていった。

箱根は混んでいて歩きづらいね、とあっさり見切りをつけて小田原まで進む。小田原に住んでいて、宿までも原付で来た人──山を下りる時かれがいないことにまったく気が付かなかった──は先に向かっていたから合流して案内してもらう。練り物のお店で揚げたてができるのを待つあいだ、なぜか蜜柑をくれる。家の敷地内に自生してるのを捥いできたとのこと。レモンや無花果も生えているらしい。いいところなんだね。歩きながら蜜柑を剥いて食べる。意外とおいしい。日差しはぽかぽかで、暑いくらいだった。足湯に浸かりながら飲み食いできるお店でお昼。練り物やおでんでビールと日本酒をやるとすぐに真っ赤になった。ゆったりと食べて飲み、ああ、休日だなあと嬉しい。

火照りをさましたくてジェラートを買って歩く。トンネルを抜けるとぱっと視界が開けて海だ。白っぽい光を海が青々と反射して、水平線が平行の線として場を引き締めるからどう撮ってもそれらしく決まる。玉砂利の浜辺を歩きながらたくさん写真を撮る。テトラポッドの上によじ登り格好つけた集合写真も撮る。娘ちゃんが一生懸命石を積むのをみんなで固唾を飲んで見守り、小さな石が山の頂上に置かれるとやんやと拍手をした。ぼちぼち帰ろうかね、と駅まで引き返し、十六時発のロマンスカーで帰路につく。みんなで一緒のつもりでチケットを取ったのだが、うっかりミスがあって車両が別れてしまう。すぐにうとうとしてしまうので、問題はなかった。

新宿でめいめいばらけていき、ひとりでいつもの電車に揺られながら、あっという間だったな、でもずいぶん悠然とした気分になれた、と思う。前に泊まりがけで遊んだのは六年も前だという。次は十五周年かなと嘯いていたけれど、案外あっけなくそのくらいの月日は立ちそうだった。再会も別れ際もきわめて淡白なのが常だけれど、ひとりになると途端に、またすぐにでも会えたらいいのにと思いはする。家に帰って奥さんとは一日ぶりのはずなのにずいぶん久しい感覚で、一緒に回転寿司に行く。それから猫の相談やプロレスを見ながら日記を書こうとして集中を欠いて捗らず、一個一個分けて取り組んだ。昨日のぶんを書き終えたら抹茶アイスに羊羹を載せて食べ、今日のぶんを書き終えたら奥さんが見てよかったというDDTの試合の映像を見るつもりだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。