2021.04.25(2-p.53)

今年の奥さんの誕生日は今日なので──日付上の誕生日になるべく近い週末が奥さんの誕生日だ──奥さんのしたいことをする日だ。久しぶりによく寝れたという奥さんの顔は晴れやかでそれだけでもうめでたい。パンケーキが食べたいということで銀座まで出向いてパンケーキを食べた。あらかじめ三軒くらい目星をつけていたおかげで二軒目でぶじに入れて、あまいのとしょっぱいの、チョコバナナとじゃがいもを一皿ずつ頼んで分け合った。お望み通り布団のようなパンケーキで、満足。そのまま銀座を歩く。百貨店など大きな施設が閉まっている分、路面店が元気な気がする。この街は街全体で一個の百貨店のようなのだ。青木さんから「今晩どう?」と連絡が来ていて、夕方からオムラヂの録音にお邪魔することに。

帰りに成城石井でワインとジンとチーズとポテチを買う。

オムラヂの録音は楽しくおしゃべり。昨年のON READING でのおしゃべりの続きのような、書くことについてのあれこれ。思わず制作論めいた感じになって、そうかあ僕はそうやって文字を書いているのかあと気が付いたり。次はポイエティークRADIO で大豆だとわ子の話をしましょうね、と約束しておしまい。

夜は同居人が用意してくれた牡蠣尽くしパーティ。牡蠣の土鍋炊き込みご飯、牡蠣フライ、生牡蠣、なんかパクチーとかネギで和えられた洋風の牡蠣。すごい! とはしゃぎ、奥さんは目をまん丸くして喜んでいた。よかったねえ。じっさいの誕生日の前日、僕は仕事をなんとか早めに切り上げて大きなホールケーキを買って帰った。その時も奥さんは目をまん丸に輝かせておいしそうに食べた。僕はこういう瞬間がとても好きだ。奥さんの誕生日にかこつけて奥さんが喜びそうなことをたくさんするのが一番楽しい。奥さんは今日銀座の交差点で、いつもよりは確実に人の少ない、なにより東急プラザや阪急が沈黙している様子を見ながら、私が三〇になったら世界が止まってしまった……、と認知の歪みごっこを始めたけれど、そのとき、世界がどうなろうとこの人がにこにこしてればそれでいいんだよなあ、と悪しき日本のポップソングめいたぺらぺらの発想が去来して、テレレレー、テレレレレ、とMステのMが流れ始めた。僕らは色々考えた結果カメラに目線も送らずふつうに階段を降りる。なんとかずっこけずに下まで辿り着けそうだ。牡蠣だから白だねとちょっとだけ飲んだワインはよく回って、あっという間にほろ酔い。誕生日に限らず人はいつでもにこにこしていたほうがいいし、つらいことなどないに越したことはない。僕はとにかく目の前の人たちがよければ大体満足だが、その満足が目の前にいない誰かを踏みつけにすることで成り立っていては意味がないとも思っていて、全ての人の目の前の人及び誰の目の前にもいない人までもが全員よくあれという気持ちでいる。それはしかし僕のような手前勝手で狭量な人間の場合、目の前にずっとよくあって欲しい人がいるからこそ起こる欲望の連鎖で、ここで僕は僕に関係のない人のことまで祈ることの傲慢さや難しさに突き当たる。僕はいま奥さんという人がいなくても誰も彼もよくあれと思えるだろうか。日によるだろうな。なんなら今だって日によるだろう。今日みたいにいい気持ちでほろ酔いで、奥さんがうきうきしていて、そういう日だから皆よくあれとか大雑把なことを真剣に願える。そういう願いは厳密さや理屈でなく、てきとうで大雑把でもいいものだというか、厳密さや理屈よりも大事なことであったりもするだろう。手は頭より先に酔っ払うのかもしれない。すでに何を書いているのか見失ってきているが、とにかく今日はいい一日でしたね。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。