2021.05.29(2-p.53)

誕生日だった。実家などからほどほどに連絡が入る。ほどほどに返す。ほどほどに疲れる。駅のホームで奥さんと電車を待ちながら、誕生日は浮かれるかと思ってたけど毎日浮かれてるてるからべつになんでもないな、と思ったが少し考えればそれは嘘だった。たしかに毎日かまってくれるどころか大事にもしてくれる人と暮らしていて、誕生日だからという理由でかまわれることにそこまで希少性がない。僕はいつもかまわれている。でもだからといって毎日浮かれてるわけではないし、ここ数ヶ月は最低に具合が悪かった。今日こうして浮かれてるからこそ気分が切り替わるようなところがあり、日々の点検をする気になり、恵まれていることに改めてきづき、というわけだから、きょう浮かれてるからこそ日々の浮かれっぷりを自覚できている。なんにせよ停滞した日々に一年に一回はこうやって気分を切り替えるきっかけがあるというのは助かることだった。電車が来る。

外苑前で降りてシェイクシャックでブランチ。北青山のギャラリーで石黒亜矢子の原画展を眺める。奥さんは石黒亜矢子が好きだ。どの猫もかわいい。前も来たことがあることにガラス扉越しの景色で気がつく。表参道まで歩いてボリス雑貨店をひやかす。いつの間にか二階ができている。あのちょっと前に流行ったけむくじゃらの着ぐるみのフィギュアが売っていて、いいな、と思う。蓄光になっているらしい。いいな。いらないけれど。一階で格好いい作りの本とエコバッグを奥さんは買っている。銀座線で銀座まで。奥のビルのなかのギャラリーでエルカミの新作をみて、立派だった。奥さんはしきりに可愛い、と言っていたけれど、立派すぎたようで、購入は見送られた。無印でデスクワーク用の机を見て、けっきょく買わない。木や草まで売っていて、無印だからどれも「植物」と書かれている。木が欲しい、と思い、「銀座 植物」で調べると奥のビルの近くにmokuhon というお店がある。来た道を引き返す。狭い店内にびっしり草木があり、蒸散によって空気が瑞々しい。それだけでなんだか満足して、草木が好きでしょうがない、という店員さんの接客を受け、せっかくなら木は大きい方がいい、なぜなら室内のスペースの下はもういっぱいだから、上に葉を茂らせた方がむしろ空間を有効に使える。この人サボテンすら枯らすんですけど大丈夫ですか、と奥さんが訊くと、大きい木は体が大きいぶん丈夫だから安心だ、サボテンや小さい植物から試してみようとして、でも小さいほどひ弱だからすぐダメになってしまう、それでじぶんは植物は育てられないと挫折する方が多いけれど、むしろそういうひとこそ大きいものを買う方がいい、とこれまた明快で、しかし木はちょっと大きすぎたので、大きめの草を上から吊るすことにした。

暑いなか歩き疲れて限界だった。でももうちょっと頑張る。ウエストでケーキを食べる。調べると草はフィロデンドロンナントカというらしい。名前をつけようとおもい、最初はジョンソンだったが、やはり家には既にガウディとボスがいるから、芸術家つながりがいいだろう。じゃあブライアンだな、ブライアン・イーノ。植物だしアンビエントでしょ、という安直さで草はブライアン・イーノと名付けられた。我が家ではアントニ・ガウディ(亀)とブライアン・イーノ(草)を養い、手ずから仕込んだヒエロニムス・ボス(八丁味噌)を熟成させてたまに食ってる。長い年月をかけてでかくなってくガウディと、腐れば腐るほど活気を増すボス。ここにアンビエントなブライアンが加わったというわけだ。

お手洗い目当てで入った東急プラザで奥さんはすてきなストールを買う。ずっと気になっていたお店で、しばらくInstagramをフォローしていたが高価でいつしか諦めてフォローを外していたお店だということで、念願の、というか、大人になったねえと喜ぶ。

帰りにスパークリングワインとケーキを買う。ケーキはウエストでも食べたが誕生日ケーキは誕生日当事者のためのものではない。家のメンバーがみんなあやかれるのが誕生日ケーキだ。それで同居人のためということにして二個目のケーキを買って帰る。ご馳走は餃子で、食べすぎてケーキのお腹は残っていなかった。ケーキは明日の朝でいっかあ、となり、一日歩き回ったのもありほろ酔いで、猛烈に眠い。それで青い顔をして布団に転がっていたが、歯磨きついでに日記を書き始めたらだいぶ目が覚めてきてしまった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。