2021.07.31(2-p.150)

きょうも『通天閣』。きょうも驚くほど元気が出る。描き出される逸見直造という人物がものすごい。現在の釜ヶ崎のあたりに大金を注ぎ込み長屋を建て、破格の安さで貸し出した逸見は、それでも家賃を払わない店子に驚く。それではと彼らの生活改善のためアヒルの養殖や五右衛門風呂の共同運営を目論むのだが、店子たちはいっこうに改善しない。風呂沸かしを逸見に押し付けるばかりか、商品であるアヒルを勝手にくすねて昼飯に焼いて食ってしまう。善意をことごとく「貧民根性」で覆される経験から逸見はしかし、「追い出してよいという〈権力と家主の思想〉」ではなく、むしろ「払わぬものは払わなくてよいという〈店子の思想〉」へと転換する。この転換を逸見は「当然入居者たち、家賃不払いの側に立たざるをえなかった」と振り返る。

「当然」というのだが、決して「当然」ではない。取り立てがムリだとわかったときに、不払いの側に立つといってもいろんな「立ち方」があるわけで、逸見直造の場合の立ち方はおよそ「常軌を逸して」いるのである。それは、たんにだれの側に立つかという位置どり以上の、ある人間への強力なリアリズムにもとづく理念性を必要としているのだ。およそ逸見直造を当時の「改造」の流れのなかにあって異質なものとしているのは、払えないものは追いだされねばならない、という発想に与しないだけでなく、払えないものは払えるようにしようという「改造」の思想にも与していないということである。逸見直造は、払わぬ人間を払える人間に変えようという思考回路を拒否しているかのようなのだ。たとえば、おなじ時期におなじ地域で展開された慈恵事業である私立自彊館(図9)は家賃も宿賃も払えぬ単身労働者に宿泊所を提供したが、そこでは利用者に安価に設定された宿泊料金を前払いさせ、なおかつ貯金の義務を押しつけていたことを想起すべきである。保障は過剰ともみえる改造の強制との引き替えであたえられるのであり、釜ヶ崎のような人間が生存の危機につねにさらされているような場所でこそ保障と規律というそもそも理念も技術もほとんどほとんど交わることのない二つの異質な線が回路をむすぶさまがはっきりとみえるわけだ。このような形態をとったいかなる善意もそこには対象への嫌悪と悪意をしのばせている。アヒルを食べられた直造もおそらくそのときは怒りをおぼえただろうし、呪詛の言葉の一つも投げかけただろう。逸見直造のまえにあらわれたのは、おそらく、自彊館を設立するおなじまなざしには、「日常の生活は不規則無節制で且つ非衛生的で、その日々の労働により得た所の賃銭は、即時に濫費するのを常とし、偶、余裕あれば業を怠り、飲食博奕に耽り、毫も将来を顧念せず」(『今宮町志』、三〇五頁)ととらえられるような身体であるだろうからである。しかし直造はそこで「払えない」あるいは「払わない」という事実にふみとどまり、発想を転換させるのである。つまり、根本的には、暮らして食べて寝るという営みに、さまざまな意味や負担、義務をまとわりつかせ、その営みを得がたいものに仕立てあげる仕組み自体がおかしいのである。逸見吉三は的確にこの点についてこう表現している。「彼らはその日その日をぎりぎり一杯自由に生きようとしていた。その生き方に介入するのではなく、彼らを疎外しつつしかも介入しようとする政府と市民社会そのものに、自己の問題をおかねばならぬことがおぼろげながら判ってきた」(逸見、前掲書、五四頁)。

酒井隆史『通天閣』(青土社) p.464-465

この豪胆さ! 自らが家主の側でありながら「払わない」の側に立とうとしてしまうことの凄みに打たれた僕は興奮してこのエピソードを奥さんに話し出すとなんだか涙ぐみさえした。奥さんはにこにこと聞いて、それからマルセイユのスラムにあるマクドナルド跡地の話を教えてくれた。スラムにおいてマクドナルドは麻薬や暴力からある程度隔離される安全地帯であり、また人生で初めて正当な賃金労働にありつく機会を提供する場としても機能していたという。それがパンデミックの煽りを受けてなのか突然の閉店、それを不服とした従業員たちは営業最終日よりその店舗を不法占拠し、以後フードバンクとして運用しているのだとか。僕はそういう話にずいぶん勇気づけられるようで、いいねえいいねえと聴いていた。スクウォッドという線でマルセイユと大阪が繋がる。あとは名古屋の50円おにぎり食堂のことを思い出したりもした。やれることはあるかも、そう思うだけで浮き立つ気持ちというのがあるが、やはり実際にやらなければ何にもならない。僕には何ができるだろうか。

この期間中に決定的に損なわれたものは「外部への信頼」だと思っていて、しかしそれは感染拡大以前からずっとそうだったとも言える。それはナショナリズムとか大きな規模での自閉ですらなく、そもそもはなから政府も「外」だった。家の外はみんな敵、くらいの小さな小さな「内」だけを残した自閉だ。ここでは便宜的に「内」を家としたけれど、これは人によっては職場や教室やサークルの親しい仲間たちでもありうる。とにかくもともとバスの最後列の席を占領して周囲に構わず大声で喚くような幼い排他性が幅を利かせていたのが、この状況下でさらに拡大しているのではないかという感覚が強くある。そういう細切れにされた親密圏に各々が自閉し「身の周りの仲間さえよければ」という戦術を駆使するほかない状況では──この戦術自体はリソースが乏しく成長も見込めない、日々のサバイブが最優先となる状況ではある程度合理的な判断ですらあるだろう──横断的な団結はますます困難だ。

現状のように、親密圏の外側に働きかけることは内側の安定を脅かすリスクとしか評価されない場合、わざわざ「外」に働きかけることなど誰もしない。外側への不信に基づく徹底的な不干渉。こういう状況は横暴な統治をする側にとって非常に都合がいい。先にも書いたが政府も国も個人の親密圏の外にあるものだからだ。「内」の安全を優先するあまり、あらゆる「外」との交流を断つことは、「悲しみ、懊悩、神経症、無力感」などを伝染させ、人間を常態として萎縮させつづける状況を自分から招き入れてしまう。

そういう権力構造、慢性的な無力感や萎縮に抗い、せめて今よりもましな世を作っていくために個人でできる最大のことは、「知らない人に気前よく親切にすること」なんだと思う。知らない人=外部を、競争相手や加害を加えてくる脅威としてとらえずに、ふつうに人間として見ること。もう若くないこれからの生き方の指針は「なるべく気前よくする」だな。先にこちらから親切にする、好意を示す、屈託なくいいところは褒める。そのためにも、格好つけから全力で距離をとるというか、舐められないことを諦めようと思う。できる限り知らない人に親切にする。そういうところからやっていくしかない。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。