2021.08.31(2-p.150)

結局今月もマルクスは読まれなかった。

奥さんがワクチン一回目を打つ。お昼をどうしようかと悩んでいたのだけど、奥さんは明確にネギトロの気分とのことで、早めに家を出て駅の開店寿司で食べるとのこと。だったら僕は昨晩の豚の余りで肉うどんにしよう。郵便の配達完了メールが午前に届いていたので、奥さんを階下まで見送りついでに投函された品物を受け取る。そのまま自分の部屋の階まで、エレベーターでなく階段で向かうことにする。気がつけば自分のフロアを超えて上昇していて、ここからは駅までの道の一部が見渡せる。ちょうど道を横切る可愛い人の姿を捉えることができた。こうしてみると心細くなるほど小さい。歩きスマホは危ないよ、と声をかけたくなる。当たり前だけれど、隣に僕がいないで、見られているという意識もなく、ひとり歩く奥さんの姿というのを目撃するのは初めてに近くて、あったとしてもすぐにこちらに気がついていただろうから、こうも位置エネルギーの非対称性を感じながら、僕だけが一方的にひとりの奥さんを見続けるというのは新鮮な感覚だった。改めて独我論のばかばかしさを思うというか、奥さんは僕がいなくたって奥さんなのだとわかる。歩きスマホをしながらほとんど前も見ずにとことこ歩いていく。

なんだか眠くて仕方がない。布団の中で仕事をする。BGMに連続殺人鬼の映画を二本続けて流すと流石に気が滅入ってくる。ナイーヴな若さを湛えたマイケル・ルーカーの凄みも、3Pの最中も鏡で自らの筋肉に見惚れてるクリスチャン・ベールの馬鹿馬鹿しさもとてもよかったのだが。

奥さんが帰ってくる。思ったよりも元気そうで、夕飯には新しく来たミルを試してみたいからと花椒を粉々にしておいしい麻婆豆腐まで作ってくれた。僕は汁物と副菜だけ手伝った。SUNNY BOY BOOKS から届いた『MOMENT』の最新号を読み始める。

今日も800歩くらいしか歩いていなかった。僕が元気がないのはこのせいなんじゃないか、僕は毎日散歩に出なくちゃいけないんじゃないか、そう話すと奥さんは、あなたは賢い二足歩行のできる犬だから、と断じた。そう断じられてはそうな気がしてくる。わりと雨が降っていたが、青木さんとの録音前にしゃきっとしたくて散歩に出た。気がつけば楽しくなって、特に目的地もないまま歩くためだけに歩くというのが僕は嬉しい。それは本を読むのに似ている。読むために読む。それで十分。気がつけば一時間弱たっぷり歩いた。さっとシャワーを浴びて、二人のデカメロン。イベントを前にして最後の録音だ。歩いたおかげか調子よく喋ることができた。僕の調子がいいことが全体にいい作用を及ぼしているかは甚だ疑問だ。奥さんはまだ元気そう。明日はどうだろうか。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。