2022.08.22

昨晩は二軒目からはジンジャーエールにみかんジュースとアルコールを控え、これ以上はいけない、というラインの手前で踏みとどまった自信があるのだが、午前中が無為に過ぎるほど頭はぼんやりしていて体もうっすらだるい。在宅勤務なのをいいことに、昼休みに熱いシャワーを浴びて、コーヒーも二杯飲んだ。いつも豆の購入日を日記に控えておけば補充の頻度が把握できるのにと思いつつできていない。そろそろ補充の時だ。次はちゃんと書き留めたい。書類のチェックをしながらダンベル。今日は背中を中心に行う。鍛え始めて一時期は見違えるほど胸を張って姿勢が良くなっていたのだがなんだかバランスが崩れたようで、いつのまにか腹を突き出すような格好になっている。まだ太ったとかそういうレベルでもないのにお腹が出て見えて嫌だ。いやしかし、太るとはお腹にだけ肉がつくことなのかもしれない。とにかくこれは姿勢のせいだという仮説を取るとして、腹筋が足りないのか背筋が足りないのかよくわからないが、なんとなく背中からやってみる。こういうの、一回誰か詳しい人に見てもらってメニューとか組み立ててもらいたいが、そういうことにお金をかけるのがなんとなく勿体無く感じてしまう。ベランダに出てお灸。ライターの中身がもうほとんどなくて点火に難儀する。いつの間にか右手親指の腹を炙っていたようで派手な水膨れができる。年々傷の治りが遅くなっていて、いつだか缶詰で切った親指の傷跡はそのまま残ってしまった。この水膨れも残るだろうか。この歳になって生傷が絶えないが、これからこさえる生傷は一生残るかもしれない。そう思うと、なんだろう、なんと思えばいいのやら。そうなんだなあと思う。

退勤後、夕食を食べてから近所の先輩の家に遊びにいく。同居人が気まぐれに焼いたケーキを手土産に持たせてくれた。林檎ケーキと白ワインをいただきつつ、羽海野チカ先生のオベロン本『黄昏の王国』の読書会と銘打って、三人で丁寧にページを捲りつつ、ため息をついたり、感嘆の声をあげる遊び。いい時間だった。みな明日もあるのでさくっと一時間半。夜のお茶会という風で、めいめいにオベロンを生み出す過程に想いを馳せた。あらゆる方向へ可能性を伸ばす予感を内包した初期のスケッチが、だんだんとひとつの形へと収斂していく過程がこうして可視化されると、ははあ、ほんとうに生まれている、一個の人格がひとりの手によって確実に生み出されている、という気持ちになってくるから凄い。陳腐な言い方だけれども、命を削って作るというのはこういうことなんだろうな、と思わせる迫力があって、こうして誰かと共に真剣に受け取る時間がつくれて助かったというか、ひとりでは受け取りきれなかった。

お風呂に入り過ぎて茹で鶏のようになって床に転がっている奥さんを視界の端で見守りながら日記。描き終えたらお茶を淹れよう。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。