七時に起きる。朝日を見に行くぞ! 奥さんも起きられたので二人でそそくさと出かける。七時半くらいが日の出だと思い込んでいたけれど、すでにけっこう明るい。手遅れだろうか、とも思いつつ昨日買ったサンダルをつっかけて外へ出る。島の北東、その端っこの飛び地にあるガジュマルとアダンの茂みを抜けた先、浜比嘉竜宮という拝所のある岩浜で水平線をじっと見つめていると、だんだん光が強くなって、雲間からいくつもの筋が放射線状に伸びていく。じわじわと明るくなるのにつれて気温も上がっていく。きれいだ。そして大きくて眩しい。見蕩れていると、充分な高度に達し日光は直視する目を容赦なく焼く。朝日の登場に立ち会うと、この体験があらゆる信仰の原イメージなんだろうなと納得する。水辺線上にかかる雲の上に日が昇りきるころに岩場を跡にする。きのうヨガ者が打ち上げられていた砂浜まで戻り、朝日を反射してきらめく海にくるぶしまで浸す。冷たいというほどではなく、さらさらと気持ちがよかった。東からの日射を受けて二人の影が長く長く砂に落ちる。
宿に帰るとリビングのソファでポメラを取り出し日記を書く。昨日の移動の結び目をメモ書きでざっと散らしておいて、じっさい書き上げるのは帰ってからになりそうだった。一人で出かけるときは午前中が書く時間になるけれど、みんなで来ると朝から楽しいこと尽くしだから。
起き出してきた青木さん夫妻と一緒にテラスで朝食。持ってきてくれたパンに挟むためにチーズやハムを買っておいたけれど、コーヒークリームが挟んであった。ハムとチーズはそのまま食べた。マックスバリューの刺身パックは存外おいしくて、特に烏賊が甘くておいしい。もうすっかり日は昇りきっていて、パン屑を狙って鳥がちょこまかと辺りを走った。太陽の高さで海の色はめまぐるしく変わるので見やるたびに新鮮に驚く。
食後は革靴に履き替えて、南にあるシルミチューまで散歩。大きなタイヤのトラクターが四人を追い越していく。浜から遠ざかるにつれ、丘が潮風を和らげるのだろうか、畑も増えてくる。カーと呼ばれる井戸の跡があったり、バナナの木があるたびに目をこらしていたら実をつけているのを二本見つけてはしゃいだ。タコスのフードトラックの拠点があるらしく、男の人が洗車だか補給だかをしていた。シーフードタコスだそうだ。浜の脇の山道を行くとすぐ石段があって、鳥居が構えられている。上にはシルミチューがある。開闢の神の居住地とされている洞窟だ。かいびゃく、開闢という言葉をこっちに来てから知った。いちど知ると何度も繰り返し目につき、この土地では頻出ワードなのだ。この聖地を整えたのはわれわれなのだと誇示するように、交差する二本の日の丸国旗が掲げられた石碑には大正六年六月十日とある。土着の信仰を国家神道の体系へと包摂する試みに、ハイチのゾンビのことを連想する。
シルミチューの浜で遊ぶ。海水が透き通っているから向こうの岩場まで歩いていけそうな浅さであることがすぐにわかる。奥さんと一緒に靴を脱いでざぶざぶ歩いてみる。いちばん深いところで脛まで浸かりそうになるくらい。それでも砂を踏みしめる足の指までしっかり見通せる。あまりに透明で無臭なので本当にこれは海だろうかと二人は思わず舐めてみて、しょっぱい! と目を丸くする。岩場から浜のほうを眺めると、青木さん夫妻が日陰で休んでいる。セルフタイマーで奥さんと浮かれた写真を撮った。行きは長く感じた散歩道も帰りはずいぶんあっという間で、初めて見る道というのはそれだけ時間感覚が濃くなる。昨日、青木さんが運転する車から外を眺めながら、自分が何を思うともなく思い、何を考えるともなく考えているのに気がついた。その時間は言葉になりきっていないで、ただ流れていく風景に投げ出すようにして消えていくから、それがどれだけ充実した体感であっても、この日記に書き残されるような性質のものではなくて、でもここで過ごした三日間の充満はそのような時間にこそあり、日記を書く手が何度も止まる。そのような文字になりようのない、でも空疎なわけでもない、においがないようでいてはっきりと肌に痕跡を残すこの潮風のような無色透明の時間を久しぶりに過ごしたという感じがある。運転するという行為は、存外いいものなのかもしれない。車のある生活、車で逍遙する時間を持てる生活への甘えた妄想がもたげてきた。
ある日、 までの道のり、角の石垣には三羽のあひるがいて、嘴の付け根に赤い鶏冠のようなものがついている。その赤が隈取りのように目元まで広がっているのもいる。石垣の内側にはケージがあって、もっとたくさんのあひるがいる。この三羽は脱走しているのだろうか、それとも多少の外出はへっちゃらなのだろうか。奇妙なことに、三羽は決して石垣の縁より外には出るそぶりすら見せない。開店時間の一一時をすこし過ぎたころ、ある日、に到着。暑かったのでシークヮーサージュースを炭酸割りとジンジャーエール割りで一杯ずついただく。
正午になると、てぃーらぶいという食堂でお昼。古民家の壁面には長女による店名の命名書きや、サンタさんへのお手紙などが貼りだされている。中身そば、大根しりしりともずく和え、じーまーみ豆腐揚げ、紅芋のナーントゥ、ルートビア、ぜんざい。出汁がすっきりしていて、モツなのに全然しつこくない。たいへんおいしかったです。腹ごなしにアマミチューの墓まで散歩に行くと、ずんぐりした毛玉猫が道の真ん中にでんと寝転んでいる。あまりに堂々と不動なので死んでいるのかとぎくりとした。のぞき込むと目つきが悪かった。不良なのだろう。じっさいあとで訊くととても凶暴とのこと。アトランティス跡地経由でお店に戻る。近所の常連である宇多さんがふらっとやってきては楽しいお話をしてくださる。愉快なひととき。棚も見て回って、気になっていたみすずの『私たちはいつから「孤独」になったのか』を買う。フェア用の冊子に書いた原稿を読んで宇多さんは全然わからんと激怒したらしいので、文章の書き方を勉強し直さねばならんとヴォネガットの『読者に憐れみを』も手に取る。高橋さんのお店だし、とダニエル・クロウズの新作もここで買う。90年代生まれの人たちが沖縄について地べたから語る本を教えてもらってこれも買う。沖縄の本は『孤島苦の琉球史』も気になった。片岡メリヤスさんのかわいい本も買っちゃう。くじらブックスで買った本と一緒に送ってもらうことにする。午後のおやつにチーズケーキとアイスコーヒー。 フェアの本にサインをしているともう十六時。十八時まで読書会。テーマに沿って持ち寄った本についてめいめいが語る方式。「優しさ」というテーマは、それを語るおまえは誰だと問われるようだった。けっきょく本の話しよりも自分の話をしてしまった。こういう場では無名のひとりとして自己紹介する気持ちが強くなる。どうせ誰にも知られていないと思い話し終えると、最後のお一人がプルーストと一緒に『プルーストを読む生活』を紹介くださってびっくり嬉しい。会のあとに話しかけてくださった別の方は、出したZINE を全部持ってくださっていて、すごい、とはしゃぐ。これから行ける温泉や居酒屋を教えてもらい、明日の約束をして店を出る。なかなかくたびれちゃったな。
一九時半ごろ、伊計島まで車に乗って、どんどん山がちに暗くなっていく。すっかり真っ暗な道に、ふいにベカベカと電飾で賑やかされた一帯が現れる。きつねに化かされるかのような建物だ。ロビーは緑っぽいふるい蛍光灯で照らされた吹き抜けで古い宿のにおいがする。入浴代は1200円もする。このへんで温泉は希少らしい。集合時間を決めて入る。ロッカーに鍵はほとんど挿さっておらず、駐車場も一杯だったからさぞ芋洗い状態だろうと思ったら、中は誰もいなかった。ほとんどの鍵は紛失しているらしく、ついているところでもはじめの一つはうまく施錠できなかった。洗い場のカランの取っ手も簡単に外れてしまう。ほんとうに化かされているのかもしれないな、と思いながら露天風呂に浸かり、星を見上げる。だらだらとおしゃべりする。
宿に帰ったのは二二時前。教えてもらった「おでん いこい」はまた今度にして、今夜もマックスバリューで豪勢に買い出し。まぐろはブロックでデンと買って自分たちで切り分ける。お腹がペコペコだったので、いなり寿司、スパムおにぎり、ジューシーおにぎり、6ピースチーズ、ゆし豆腐、ネギトロ軍艦、もずくカップ、見たことない白身の刺身をテーブルに並べて、ビールや泡盛で乾杯。宇多さんに貸していただいたプリーモ・レーヴィのドキュメンタリーを流そうと思ったのだけれど、プレイヤーは寝室だけでリビングにはなくて断念。代わりにNJPW WORLD で今日の名古屋での興業を観戦。青木さん夫妻の的確な解説と共に堪能していたらすっかり夜更かし。寝たのは日付が変わったあとだった。
