横山三国志を図書館で借りて読み始めた。面白い。あまりつぎつぎと突然のことがおこりどうお答えしてよいかわかりません。
並行して今日は『オカルト番組はなぜ消えたのか』を読む。テレビ放送開始以来、放送局は非同期的マスコミュニケーションの宛先として同質性の高い〈常識〉をもつ〈視聴者共同体〉を想定していた。それは、一家団欒の急進的装置としてのテレビという前提に基づいている。つまり、〈視聴者共同体〉とはテレビの前でこれは違うだのこれは結構だのと評価をくだすことで共同するひとらが教育されていくものであったのだが、オカルト番組が成立した七〇年代末の時点で進行していた一世帯でのテレビの複数所有によって実現した個別視聴が〈視聴者共同体〉をすでに変質させていた。
「やらせ」批判は〈視聴者共同体〉の動揺と深く関わる社会現象である。欧米のメディア史でも、いわゆるペニーペーパー時代には書き手と読み手が共犯的に「やらせ」記事を楽しんでいて、必ずしも「やらせ」は否定されていなかった。日本で、テレビ批判として「やらせ」が言説的に有効なリソースとなって人口に膾炙していく土壌が生まれるのは、「家族揃ってフィクショナルなテレビ世界を楽しむ」「戦後型のテレビ視聴スタイルの終焉」を迎えた一九七〇年代末から八〇年代はじめにかけてのことである。
オカルト番組の成立を可能にした〈視聴者共同体〉は、オカルト番組成立以降、揺らぎ始める。そして、成立したオカルト番組は、さまざまな問題をはらんでいくことになる。
高橋直子『オカルト番組はなぜ消えたのか 超能力からスピリチュアルまでのメディア分析』(青弓社) p.133
家族と一緒に「お座興程度」の「お遊び」として消費されていた見世物が、個室で視聴する経験を通じて「シャレ」のわからない視聴者が台頭してくる。それは同時期に日本においてニューサイエンスとして花開いた「精神世界」とも結託し、徐々に虚実皮膜に遊ぶ粋な〈信じられ方〉が野暮なシリアスへと転じていくことで、スピリチュアルブームへと横滑りしていく。宜保愛子のオカルトから江原啓之のスピリチュアルへ。浮薄なエンターテイメントから感動の奇跡体験へ。
〈オカルト〉番組では、〈オカルト〉が「謎」「ロマン」として表象される。〈オカルト〉をエンターティンメントとするには、真偽を曖昧にした〈オカルト〉(「謎」「ロマン」)に対して「お遊び」「お座興程度」の〈信じられ方〉をする(と思われる)ことが条件だった。
〈スピリチュアル〉番組では、霊能力(霊視)・占いが「謎」や「ロマン」ではなく、「奇跡」「感動」として表象される。霊視・占いに対して視者の〈信じられ方〉がどうであれ、「奇跡」「感動」の物語では、ツッコミを入れて「笑い」というかたちで承認する視聴者は想定され難い。少なくとも、『天国からの手紙』は、〈オカルト〉番組が保持してきた(肯定派でも否定派でもない)「見物人」となる視聴者(像)を抹殺した。
同書 pp.222-223
二〇〇〇年代に至って、無責任な視聴者による半信半疑から、シリアスな観客による共感と反感の二極化へと事態は変容してしまう。七〇年代の黎明期にはかろうじて「こんなもん信じるわけないだろ」というのが〈常識〉として〈視聴者共同体〉に託されていたわけだが、ブームの過熱化によって「実際に信じてしまう人もいる」という事実が顕在化してくる。さらには外から批判がなされることによって、はじめは「こんなもん信じるわけないだろ」という〈常識〉との両論併記でオカルトを娯楽化していった放送局側が、〈常識〉のアウトソーシングを進め、内部での自己言及的なツッコミを放棄してしまう。内省的な態度が失効した制作サイドはとうとうスピリチュアルという信じてしまう観客だけを相手にするビジネスへと行きつき、批判的な〈常識〉を有する視聴者(「見物人」)という基盤を失ったオカルト番組は終焉を迎えるほかなくなった。
僕はオカルトが好きだけれど、現実を相対化して遊ぶためには現実が強固なものとして信じられていなければならない。そのような現実の強固さへの信こそ〈常識〉である。ポスト・トゥルースという言葉の流行する時代を経て失われたものは、〈常識〉だけではない、むしろオカルトの遊戯性が成立しなくなってしまったことの方こそ嘆かわしい。構築的なもの(ルビ:フィクション)に半身で半笑いで真剣に遊ぶこと。全身全霊の感動ではない形で「謎」を探求する「ロマン」を維持するためには、確固たる〈常識〉を確保しなければならないのである。
