『今夜ヴァンパイアになる前に』を読み始める。まず思考実験として、ヴァンパイアになることを、すでにヴァンパイアになっている周囲の友人たちに薦められているとき、自身も不死でエレガントな存在になることをいかにして合理的に判断できるだろうか、という問いから始まる。つまり、自分自身を不可逆に変えてしまうような経験をどのように決断するのか。
旅行先のタイでの朝食に、食べ慣れたパイナップルを選ぶのか、未知のドリアンを選ぶのかという意思決定について考えてみる。たしかに食べたことないもの食べてみるというのは認識の冒険ではあるだろう。ドリアンを知らない自分から、ドリアンを知っている自分になる。けれども、ドリアン経験では、認識についての選好をもち価値判断する個人のありようまでは変わらないだろう。
認識と個人の両方が変わってしまうような変容的な経験というものがあり、これはかなり厄介なのだ。なにせ、経験を経て変わってみるまで、その経験が自分にとってどのようなものであるのか、さっぱりわからないからだ。ヴァンパイアになるまで、じっさいのところヴァンパイアの食習慣、太陽への拒否反応、生き血への欲動などがどんなものでありえるのかわからないように。そんななか、人はいかにして合理的な意思決定が下せるというのだろう。
(…)変容的な経験を伴う決断の場合、実際にその種の経験をしてしまうまでは、その経験をするとはどういうことかが、あなたにはわかりえない。そうした状況のあなたには、自分がその経験をすることのありよう、あるいはその経験をしたことがあるということのありようを含む帰結がどんなものであれ、その主観的価値を特定することができない。そして、関連する帰結の主観的価値を特定できないのなら、それらの価値を比べることはできないのである。クジの賞品の価値を自分では特定できないために、クジが当たることの価値を合理的に決めることができず、それゆえそのクジにお金を払うべきかどうかを決断できない、そんな行為主体と、この状況のあなたは似ているのだ。
また、この問題は二重に深刻なものだ。というのも、関連する経験をしてしまうまではその価値があなたにわからないだけでなく、その経験をすることであなたの選好が変わってしまうこともありうるからだ。したがって、あなたが(ありえないことではあるが)変容的な経験をする前ならその帰結に割り当てたであろう価値は、その経験をした後にあなたが関連帰結に割り当てるであろう価値とは、根本から異なりうるだろう。その経験がどういうものかがあなたにはわからないのだから、当の変容的な経験をした結果として自分の選好が特来どう変わるのかは、あなたにはわからないのである。
L・A・ポール『今夜ヴァンパイアになる前に 分析的実存哲学入門』奥田太郎・薄井尚樹訳(名古屋大学出版会) p.34
認識と個人とがいっぺんに変わってしまうような経験に対する意思決定。できれば合理的に選択したい。変容的な経験において、やってみなければわからない、というのは結果の話だけではない。経験の後、結果を判断する自分自身がどのように変わっているのかさえわからないのだ。ドリアンへの未知は、別の果物の既知の経験と照らし合わせればある程度どうにかなる判断だ。けれども、ヴァンパイアへの変容のような、自己そのものを不可逆に変容させるようなものについてはどうだろう。そのような変容の前後では、価値判断する自分自身が変容してしまっているのだから、前後を比較して検討するということじたい成立しない。
この論点についてもう一つ別の言い方をすると、こうなる。あなたが合理的に選びたいのであれば、今現在のあなたの選好が優先されるように思われる。したがって合理的に選ぶには、今のあなたの選好に合わせて選ばなくてはならない。しかし、根本から新しい帰結に備わる価値に認識的にアクセスできないせいで、経験前のあなたの手元にある情報は、著しく不完全である。そういった状況のもとで、あなたはなぜ、認識において貧困な現在の自分の選好に肩入れするべきなのだろうか。結局のところ、ヴァンパイアになった後には価値と選好がすべてわかるだろうし、証言では、そのときのあなたはこの上なく幸せだろうとほのめかされているのだから、ヴァンパイアとしての選好をつくりだしてその選好を満たすことに基づいてあなたが選んではいけない理由なんてあるだろうか。あなたが自分の現在の選好に基づいて選ぶとすれば、あなたは自分の選択にとって重要な関連情報を無視してしまっているように思われる。だとすれば、選択に際してあなたがどうやって合理的な基準を満たしうるのかは、まったく明らかではない。
同書 pp.54-55
今の自分の選好と、今の自分はもっていない選好とを比較衡量することはできない。変容によって、秤そのものがちがってしまうわけだから。あまりにありふれた難問を、合理性をぎりぎりまで手放さないまま書き進めていく。ルドンを迎える時、家を買う時、結婚するとき、そこに合理的な判断はあっただろうか。変容に対する軽薄さは、年々失われているような気もする。プルーストのあたらしい習慣への抵抗と馴化を思い出している。
