2026.07.26

先日の高橋源一郎のラジオを通じて改めて励まされた気持ちが、YATOの佐々木さんのこのテキストでさらに強められた感がある。もっと読まなくっちゃなあ。悲壮感や義務感ではなく、ただただ楽しさとしてそう思う。今日の録音で奥さんと話しているときにも思ったけれど、ばかでいる勇敢さというか、魂と釣り合いが取れる等身大でありつづける喜しさのほうを選び取るために必要な勇気を持ち続けていたい。

《「この本はプルーストを読むだけの本なのですが」とか紹介されると「本当に読んでるのかな?」と思いがちなんですけど》というところで大笑いした。そうなんだよね。佐々木さんはお会いした時も、この本はプルーストよりも人文書を読み込んでいるところこそがいいのだと仰ってくれていて、信頼できるなあと嬉しかった。一千時間の話も、こうしてみると現実的には三年くらいはかかるわけで、プルーストの頃からいままででよくて三セットしかできないわけだ。じっさいにやれたのは二セット、いや一セットプラス三分の一くらいだろう。いちど百日くらい引きこもりたい欲も湧いてくるけれど、僕の場合そこでとことん読み続けるという根気もなさそうだから、結果的にいまのようなスタイルで読み続けるほかないようにも思う。

自分のつくるものが大したことないことは自分でよくわかっているけれど、自分が日々やっている読み書き自体はそう容易に真似できるものではないだろうとも思っている。最新のものを追いかけるとか、時流にぶつけるべき索引を豊富に持っているとか、そういう有用さとはまったく無縁の場所で、ただ毎日を楽しくするためだけに読み書き続ける困難を覚えたこの数年で、よりいっそう『プルーストを読む生活』のころの自らの剣呑な呑気さの凄みに驚いたりもするのだが、ようやく僕もこの呑気さに剣呑さを感じてしまう程度の見識が身についたのかと呆れもするし、そのうえでやはりこのころの呑気さはいつまででも見習うべきものだなと思う。ばかがばかじゃないふりしても仕方がない。にこにこ楽しく読んで書く。それでいいのだといつまでもへらへら言ってのけること。そういう野蛮さへとここにきて回帰していくところが最近はあり、そのことを頼もしく思う。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。