空海の教えの根源に位置する「真言」は、有情のもののみならず非情のものにも救いをもたらす。「真言」は森羅万象あらゆるものを一つに結び合わせ、そのことによってありとあらゆる対立を無化してしまう。そこでは、無限と有限、光と闇、外部と内部、貴と穢、真と偽、オリジナルとコピー等々、そうした対立のすべてが無効になってしまうのである。そう考えてみるならば、空海の教えとは、確かに表現のもつ可能性をその極限まで追究した驚くべきものであると言えよう。しかしながら、そこに説かれている表現の可能性は、おそらくは表現の不可能性と表裏一体のものであり、その両者の間に区別を見出すことは、これもまた極めて難しい。オリジナルとコピーの差異は消滅し、誰もその真偽の判定すらできなくなってしまうからだ。空海は、そうした二項対立を、今この場に作品を創り上げてゆく、作品としての世界を創り上げてゆくという営為において一元化しようとしたのである。それゆえ、空海はまた徹頭徹尾、宗教者であるとともに文学者であった。表現する芸術家であった。
安藤礼二『空海』(講談社)p.223
批評家、作家、編集者としての空海を描き出していく批評本『空海』を面白く読みながら、しかし宗教者としてはわけわからんな、そもそもどのへんが仏教なんだ?と思わなくもない。わからん単語は『岩波哲学・思想辞典』をひくとけっこう当たれてよくわかった気になれた。いちど大元に立ち返って頭を整理しようと魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』を読み返す。原始仏教はよくわかったような気がするし、その後の大乗への発展の理路もわからなくはないのだが、空海の仏教的内実というものは依然わからんような気もすると思って『空海』に戻ると、《空海の金剛乗は、釈尊の仏教の否定の上に成り立つものであった1》とあって、そっかあ!となった。釈尊=ゴータマ・ブッダの系譜に直線的に置こうとするからしっくりこなかったのだ。《(…)空海にとっての「真言」とは、人間的な釈尊ではなく、超人間的な法身が自発的に、自らの悦びとともに説いたものでなければならなかった(…)空海にとって、人間的な釈尊とは、時間と空間の制限を乗り越えた法身ではなく、時間と空間に限定された応身に過ぎなかった》。応身というのは具体的で固有の物質的身体のことで、無限の法身と区別される。空海は、如来の言葉と身体を、人間的な主体からではなく、超人間的な主体において理解する。だから最澄と同じく『大日経』を重視しながらも、それとの統合は釈尊の『法華経』ではなく——空海にとって釈尊はあくまで個別の具体例にすぎない——如来の発生そのものを描いた『金剛頂経』でなくてはならなかった。
金剛乗というのは八世紀以降、インドで仏教が滅亡するまでのあいだ流行した思想で、唐代に不空が漢訳し、中国にもたらしたものであるそうだ。この不空というのがサマルカンドの出であり、ソグド人のバックボーンには三夷教すなわりゾロアスター教、ネストリウス派キリスト教、マニ教からの影響が色濃かった。ここに、中国へのローカライズのために語彙やイメージを援用した道教・儒教が加わったものが、空海の思想的源泉のひとつとなっていく。
(…)武則天(財天武后)は、「平等」を掲げる仏教の力を最大限に利用することで女性としてはじめて皇帝の位につき(女性が皇帝となるのはそれが最後でもあった)、道教よりも仏教を優先させ(仏先道後)、より強力に、仏教優遇政策を推し進めていった。武則天は女性として生まれ変わった弥勒菩薩、ユートピアをいまここに実現する未来仏だったのである。唐全土にそう宝言した。武則天は、唐を内部から変革し、自らが統治する新たな帝国を築こうとした(武周革命)。それとともに、個人的な覚りのプロセスを重視する「法相」ではなく、さまざまに多様な差異を、いまここで、そのあるがまま一つに統合させる「華厳」に救いを求めた。武則天に重用された法蔵は、俗姓を「康」といい、そのルーツをサマルカンドにもつソグド人の血を引いていた。武則天は帝国を世界にひらいたのだ。そしてまた、その帝国を担う人材も平等に求められた。武則天は仏教とともに、科挙による人材の登用をも強力に推し進めた。
同書 p.312
国家の中枢での仏教解釈は、護国思想としての色彩を強めていく。さらには同じソグド人による唐への反乱——安禄山の乱——への対処として、三夷教を背景としつつも三夷教に優越するものとして仏教を構築し直す必要にも迫られていた。
ソグド人たちの三夷教がいずれも欲望を禁ずることによる「超越」、万物に超越する神によって人々の共同を強化する教えだったのに対し、不空によって確立されたソグド人たちの仏教、三夷教と共振しながらもそれらを乗り越えてゆくことが目指された仏教は、欲望を解放することによる「内在」、万物に内在する仏によって人々の共同を強化する教えであった(ある意味においては仏数そのものの否定であった)。つまり、不空による金剛乗の教えの徹底は、皇帝をきわめて重視するとはいえ、その皇帝を万物に超越させず、逆に万物に内在させる教え、マイノリティたち——女性たち、宦官たち、異邦の商人たちにして異邦の武人たち——に内在させる教えであった。皇帝は「超越」のモデルではなく、「内在」のモデルとなるのである。頂点である皇帝から、森羅万象あらゆるものへの平等が順次進んでいくのである。民衆によるアナキズムと皇帝によるファシズムに区別がつけられない教えであった。
p.314 強調引用者
不空らが金剛乗とは、欲望の禁止ではなく開放によって自らに内在する《森羅万象あらゆるものの「源」となる一にして永遠の存在、一にして無限の存在2》への生成を志向する。一種の超越の否定であった。そのような否定は、皇帝の権力の絶対化を抑制し、他民族国家の平等をいうものでなければならないという要請によってなされている。《不空の金剛乗によって守られるべき国は、単一民族による「国家」ではなかった。多民族による、マイノリティたちによる「帝国」であった。皇帝のもつ権力をその極限まで解放しながら、しかも皇帝をそのなかに含む帝国のあらゆる臣民、あらゆるマイノリティでもある帝国民すべてに平等に仏と成る道、救いを得る道を示すものでなければならなかった(…)3》のである。
日本においてこの流れを引き受けた空海の思想は、おそらく現代日本の思考の形式をも規定することになる。ラディカルな個人の垂直的な超越ではなく、皇帝を上位においたうえでの臣民たちの水平的内在へと流れ易い、そのような性向の淵源としての空海。
