2026.07.30

昨日一日は読まずにおいた『空海』を再開。魚川も安藤もアルファにしてオメガって言いたがるけど、そこは阿にして吽じゃないんだろうか。ともかく、最澄が登場。両者が対比的に語られることで見通しが立ちやすくなる。

おまえら「我」とか言って自分の話しかしてないじゃん、という徳一の批判に対して、最澄は真っ向から反論を試み論争に入るが、空海はむしろそれまでの「顕」と「密」の二項対立を修正し両者の統合をはかっていく。そうして最澄はむしろ空海の論旨に似ていき、空海はそれをさらに脱構築していくことになる。このあたりは読んでいてぼんやりとしか把握していない形にスリリングでわくわくする。

内在をいう徳一と空海は、超越をいう最澄に対して手を繋ぎうるが、五姓各別(こればっかりは才能の問題だから悟れる人も悟れない人もいる)と悉有仏性(みんなのなかに悟りのポテンシャルあるよ)の対立においては空海はむしろ最澄の側にいる。この空海らがよって立つ悉有仏性というのも厄介で、平等性と多様性の緊張関係がちらっと言及される。つまり、空海たちの「一は全、全は一」的な発想には、他性の否定と全体主義への理路が潜んでいる。

それはそれとして、Ryotaさんが『人間関係の構造と手立て』について書いてくれていた。とびきりハッピー。

自明のことを淡々と書くのに徹したからこそ、これって面白いのか?と不安だったけれど、新明解国語辞典と並べてもらってかなり安心した。そういう面白さだったか。真顔の喜劇役者の方向ね。理屈に徹しようとした本だからこそ、《「理屈っぽい」のがつまらないと思われがちなのって、「理屈」だからじゃなくて「ぽい」からなのでは》というのを最大限の賛辞として受け取っておおはしゃぎした。奥さんに見せびらかそうとスマホを取り出す動作が勢い余って手から飛び出て足元のフットスイッチにぶつかり、連動しているシンクの蛇口から水が噴き出た。

Ryotaさんは私家版『プルーストを読む生活』をはじめに見出してくれた一人で、以来本を出すたびしばらくほとんど手応えがないが、かれの感想を読むと途端に「こりゃいいぞ!オラみんな読め!」みたいになる。かれのような「編集者」に活動初期に出会えたのはとても幸運だった。この数年はうじうじしててRyotaさんに「しっかりしなさい!」と叱咤激励してもらっていたので、《元気出る系》と言ってもらえるのがだいぶ嬉しい。

まじでそれなー。Ryotaさんのこの善性に何度も励まされるし、僕もそうやってサンキューを配りたい。依頼仕事をこなしている時期はどうにも僻みっぽくなって素直に善性を発揮できないこともあるけれど、やっぱ自分でつくって褒められるとこの心身のなかで優しさが増幅していく感じがあって健康にいいな。雑に貶されるとお前を徹底的に凹ます、と思いかねないのだが、それでもちゃんと読解されている手応えがあればむしろ次作への活力になったりもするから、総じて感想を軽薄に発表するのはいいことだ。みんなもっとそうしよう。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。