柏駅で待ち合わせをして、改札前がすでに暑い。先に来たあべさんとちゃんべさんと三人でベローチェで涼をとる。きのうのイベントの感想をきかせてもらう。鮫君くる。あべさんの案内で古着屋を巡り、服を見るのは楽しい。みなそれぞれ手に取る布が違う。服の選択は本以上にその人の形と密接に関わっている。これとかどう、と言ってもらえた服の感じを真剣に覚える。道すがらに発見した居酒屋ランチ。ビール飲みつつミックスフライ定食。さくっと揚がったフライはうまく、べちゃっとした米が椀にどしっと盛られておりかなりの満腹。歩きながらお腹を叩くとぽんっといいおとが響く。もう一軒古着を見て、Tシャツが数万するこの相場は不思議だなと思い、しかしやはりいいなと思うものは高確率で高い。数年前は叩き売られていたものがいまではプレ値がつくみたいな世界とのことで、時代の気分というのはあるのだな。タクシー呼び家へ。
小上がりでみんなでカルピスを飲む。手土産の萩の月がおいしい。ルドンは久々の来客でちょっと人見知りしつつ、そこそこに新規なヒトらに挨拶していた。もともと二ヶ月前に飲んだ時にふと話題に上がった『嫌われ松子の一生』をみんなで見る会。奥さんが準備してくれていた麦茶を継ぎ足しながら上映。もう二十年も前の映画なのか。記憶の中より三十分くらい余計に長かったけれど、想定よりも古びていなかった。中学三年生の頃には知らなかった地名が、いまでは身近で、数年前まで住んでいた荒川のあの辺りの景色の懐かしさが重なったり、狭いアパートでこのままずっと一人なのかもしれないと思い詰めた日々が想起されたり、当時は経験のなかった人と付き合うということのままならなさを思ったり、順当にこの二十年の重みがあり、良々のころの松子まではもう年下になっている。僕はこの二十年の人間関係でついた傷によって、当時よりもちゃんと見ることができるような気がしたというか、子供には男たちの行動が全く理解できなかったのが、理解できてしまうようになる。というか、僕だってあの男たちになりうるということをまざまざと痛感する二十年だった。それは昨日のホモソについての会の記憶が鮮明なのもあってより強まる印象だろう。奥さんは大きすぎる愛の持ち主としてこの作品を見ていたというし、それは今も変わっていなさそう。僕は以前も今も自分を松子だと思ってこの映画を見るが、しかしほんとうに松子でありうるのは僕ではないのだろう。スイカを一切れずつたべる。
ファミレスでテーブルいっぱいに料理を展開しておしゃべりして、夜道を練り歩き、改札前で電車が来るぎりぎりまで立ち話。夏休みって感じで楽しい一日。友達を家に呼ぶというのはやっぱりいい。遠いけど、どんどん来てほしい。
