2026.09.08

『新潮』の「演説と記述――批評とは何とともに、何を考え、何を行なうものなのか?」は、保坂和志が繰り返し引く酒井隆史『通天閣』の《この社会の核には「悲しみ、懊悩、神経症、無力感」などを伝染させ、人間を常態として萎縮させつづけるという統治の技法がある》ことへの抗いを継承している感が素朴に出ている。ちなみにこの酒井の一節は註として付されたものであり、注釈される段落は《法についても理論的整合性とか道徳的潔癖性といったものからはほど遠かった》逸見直造という人物についての分厚い記述の締めくくりに当たる部分だ。そこではネアカであることが大事だ、と説かれており、ネアカな実践者が《カネに困ってはいなかったことは重要である》と指摘されているのは山本の論の文脈からしても大きい。ちょっと引いておこう。

で、註釈の全文はこうだ。

山本の論稿は、むしろこの後半部をこそ重く受け止めたものと読むこともできる。《組織性の刷新、関係性の発展、戦術、理論の生産や創造に心を砕くよりも、近い立場の人間の「不一致」や「欠落」をするどくかぎとり、そこにあるかもしれない生産や創造をくじき、その非難や糾弾となるとひときわ活性化するたぐいの「陰性」の要素》からその身を遠ざけ、商売人として明るく振る舞い、《知性(とカネ)の出費を惜しまない大胆な発明性》を保守すること。そのための《さまざまな知恵や工夫》としてのインフラの設計が急務であること。山本が制度やインフラについて詳述つつ、結論部では「楽観的なマイブームのために」といってみせることは、権威でも売上でもない《大胆な発明性》への切実さが滲んでいるように思える。

ところでまだ『魔の王が見る』を読んでいる。きょうは遠近法についての章。高山はコロンブスの新大陸「発見」と遠近法というイリュージョン装置の「発明」の共時性を指摘し、そうしたものの見方の技術を《額縁の中の虚構の現実》と名指す。

遠近法というのは、その黎明期の画家にとっては茶目っ気のあるイリュージョンのひとつでしかなく、人を驚かせる騙し絵の一つの技法であった、つまり、遠近法が原理的にフィクショナルなものであることなど当時の実作者や鑑賞者にとって自明のことであったのではないかと高山は別の箇所で示唆している。そのような偽に真らしい見かけを付与する一制作術が、合理や客観の謂として「合法」化されていく過程が、引用部の三段落め、王立協会の設立周りの記述である。

ここで引いたような額縁演劇はむしろ現在では失効しており、客席への退場など「第四の壁」を明示することはありふれているし、小説や映画にしても額縁そのものを不透明な物質として提示するようなメタ・フィクションの暴露の技法ももはや陳腐化しているといえる。山本のインフラへの言及もそのような状況論のひとつだろうし、そこでも参照されている大澤聡『批評メディア論』は、まさに掲載媒体という《額縁の中の虚構の現実》の成立要件を暴き出していた。ともかく、イリュージョンであった遠近法が単一のものの見方として「合法」化されたあと、さらにそれが一元化不可能な多義的なものとして相対化されていったのがポストモダンなわけだけれど、ここにおいて遠近法的なものの「合法」性は乗り越えるべき前提としてむしろ自明のものになってしまい、その騙し絵的ないかがわしさは見えにくくなってしまったともいえる。

いまになってマニエリスムがマンネリズムへと貶下されることなく、新鮮な驚きや知的なものとして感じられるとしたら、あらゆる事物を呑み込んで秩序化せんとする胡乱な欲望こそ、十八世紀の啓蒙主義の周縁に繁茂したゴシック小説のようないかがわしい魅力をたたえているからだろう。

もう全部イリュージョンだって知ってる、というメタレベルにまで浸透した幻滅。そのような幻滅が当然になってすでに三十年は経つ。高山の上の文章は一九九二年のものだ。ここから改めてわくわくする驚きの方へと舵をきる無謀な詐術を「マイブーム」として練り上げること。そのような稚気を《恥じたり、不安がったりしなくて済む状態》でありつづけるためにこそ技術を鍛え、励まし、《知性(とカネ)の出費を惜しまない大胆な発明性》にひらかれた場を設計し耕し維持していく。そうやって《みなで元気に前向きに》なる。

今度は名古屋の方で雨がすごいらしい。台風とかではなく、まだ名前の付ききっていない形で災害が起こるようになってきた。こちらも夕方から大雨でかなりダウナー。夕食前に愉快な企み事の仕込みをして、久しぶりに本の注文も続けて入ったのもあり楽しくなってきてそのままの勢いで文字起こしまで一気に作業してしまう。それから虚脱して気がついたら夜中。さいきんお風呂が楽しくない。ぺっぺと浴槽を洗うだけでなく、いちど風呂場全体をがっつり掃除したほうがいいのだろう。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。