2026.10.02

きのうは『ゾルタン★星人』——原題は『Dude, Where’s My Car?』——を見たから『失敗のクィアアート』の続きを読む。この本では原題に即して『この野郎、俺のクルマはどこだ?』と表記され、さらに『この野郎』と略される。本編でもしつこいくらい繰り返されるDude。いや、それだけではない。この映画はうんざりするくらい反復に満ちている。And then, and then, and then… 積分されるわけでもなく、ただ空虚に、マヌケたちは繰り返す。なにも学ばず、なにも残さず、なにものも嫌悪せず。

マヌケな白人コンビに誇張的に託されているアメリカという国の健忘症を、侵略者の子孫に都合のいい構造を温存する許しがたい無知であると糾弾することは容易い。しかし、自分たちが誰かに不自由を強いているという分別がないほどに無知でなにも覚えちゃいないからこそ、〈彼らは他者の語りをよく受け入れる者たちになっている〉。この逆説をどう捉えるべきか。原著の書かれた子ブッシュ政権下においては、ある種その愚かさの最悪の形は子ブッシュ程度で済んでいたともいえる。もっと愚かしい道を進んでいるように見える現在のアメリカにおいて、かれらの愚かさと寛容さのカップリングを肯定できるだろうか。いやむしろ、友と敵、内と外、おれたちとやつらを厳然と仕分け、前者だけに利するような一面的な「知」を働かせるトランプの移民税関捜査局ICEの時代だからこそ、自他の区別やジェンダー規範に頓着せず、ノリだけで誰とでもわちゃわちゃと楽しむジェシーとチェスターのような徹底した愚かさがより眩しく見えるということもありえる。そう、トランプのアメリカとは、マジレスされて醜悪にこじれたジェシーとチェスターの成れの果てである可能性がある。愚か者が中途半端に賢くなるより、リラックスしていてもらった方がずっといい。いやしかし、などとかれらの愚かさ、忘却をめぐる考えはすっきりした着地点を見出すことを許さない。ハルバースタム自身、この映画からどのような論理あるいは非論理の戦術を引き出すべきか、賢くも明言を避けている。教訓を引き出す身振りに直後、ひらりと話題を転換してしまうのである。そりゃないぜ。Dude, おまえの考えはどうなんだよ?

章を跨いで『ベイブ』がちらちらっと参照されていて、そのたびにそわそわする。『ベイブ』の読解だったら負けないぞとも思うが、そこまで踏み込んだ批評はなくてすこし物足りない。しかし、ベイブも含めた子供向け映画のキャラクターたちを召喚した後に続く以下の一節とかしみじみとよい。

「勝者への感情移入は決まって支配者を利する」。これこそ、ジェシー/チェスターとトランプを分けるものだ。愚かな二人組の気持ちいいバカっぷりは、勝ち負けや感情移入とは無関係のものである。かれらはただ目の前にある状況や他者の猿真似をするだけで、権力への意志どころか明日に向けた計画さえさっぱり持っちゃいない。誰の役にも立たないからこそ、当然、支配者を利することもありえない。自分の生活には関係のないものへの憧憬から、金持ちやチャンピオン、政治家といった「勝者」に愚かにも感情移入して「支配者」を利するありふれたお利口さの救いがたさを思うと、勝ち負けを超越した〈批判的判断の好ましい欠如〉をもって、おれたちとも「ほかの人たち」とも、分け隔てなくその場のノリで騒げる愚か者どものほうが、たしかにずっと好ましい気がする。

moku のおかげで今日はスクリーンタイムが二時間を切った。先週比で四割以上の減少だ。ありがたい。フィードバックした不具合もさっそく修正版がリリースされており頼もしい。久しぶりにReads にもアクセスして、滞っていた読書記録を遡及的に補うのは諦めて——どうせNotionで管理している——これから手に取る本をどんどん記録していく。『人間関係の構造と手立て』のページを確認すると糸太さんという方が感想を記してくれていて、それを読んでとても励まされた。そこそこ信頼している人たちからも「難しい」と言われたりして、これまで以上に親切に書いたつもりでもなおそんなもんか、と自らの悪文の伝達能力のなさに落ち込んだりもしたのだけれど、この方のように意図したことを意図した通りに読み取ってくださる読み手もいるのだと思うとよーし、もっと書くぞぉとはりきることができる。

書き言葉でわかりやすく説明する知は、どこかで陰謀論めいた整理への欲望に堕する。そうなる前に、そのような説明書きなど意にも介さずノリで行為している愚かな話し言葉の現場に身を浸すことで知のICE化を回避する。社交とは、〈知に対するある種のリラックスした・・・・・・・(緩い)関係〉のレッスンであるともいえるだろう。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。