涼しい日はルドンは朝食のためにいちど飛び起きる以外の時間、二度寝も含めて僕の右腕を枕にして眠りたいようだった。全体重を持ってしても奥さんの頭部よりも軽い生物の腕枕くらい余裕でしょ、と思っていたのだが、最近の腰痛というかその気配——ふとした拍子にピキッというやつ——これってこいつのせいだろうかと今朝になってようやく思い当たる。いや、奥さんに指摘されるまで思い当たっていなかった。どうなの? 猫は今朝もよく喋る。何言ってるのかわからないが、それはお互い様だ。
昼食をどうするかぼんやりしていたら盛大に遅刻してしまう。乗り換えの塩梅が未だ掴めない。おそらく千葉には相互乗り入れの概念が存在していない。こういう細かいところから東京へのやっかみというのは膨らんでいくのだろう。上野公園に着く。西洋美術館の辺りにいるというので庭園のロダンのあたりを見渡すと、思ったよりもベビーカーが多い。南出さんはベビーカーに座るチェケと目線を合わせて何やら話しかけている。やほーと手を振り、チェケと目を合わせてはじめましての挨拶をする。一時間以上の長旅だったとのことで、だいぶお疲れの様子。こいつなんやねん、という顔をされる。さいきん人見知りをしだしたとのこと。噴水前の広場ではラテンの雰囲気。なんか去年もこの時期に上野にいたな、と思い出す。東博の常設展をひやかすが、ベビーカーの目線の高さだと、展示台の脚しか見えないね。チェケには三歳くらいから能を習わせようとの計画があるらしい。じっさい、本人も翁の面と対峙した時だけは、あう!とテンションを上げていた。刀剣コーナーに行列ができていて、なにかなとロープの外から覗くと三日月宗近だった。いまはアイスショーもやっているというのに多忙である。チェケは展示物より僕の顔をしげしげと眺めており、この赤子にとって僕は数々の重要文化財よりも興味深い存在であるということだ。博物館の中はいつだってちょっと暑い。チェケは途中で海老反りになってベビーカーに倦んだことを全身で表現する。抱っこに切り替えたとたん、大人しくなって眠る。モンベルの抱っこ紐はいいらしい。一階を漫然と見て周り、いちど外の風にあたりつつ、周囲を散歩することに。
南出さんが行ってみたいと言っていた国際子ども図書館。知らなかったけれど、国会図書館の分館というか、児童書専門のそれとのことだ。いい建物だった。一九〇六年に建設された帝国図書館を補修・復元したうえで、エレベーターやカフェスペースを建て増しにしたものらしい。チェケの人生の百倍以上の歴史がある。増築部分はガラスの壁面が外に張り出すように誂えられている。入場無料で、座れるし自販機もある。上野散歩の休憩に最適で、じっさい慣れたようすの数人がソファやテーブルでぐでーっと居眠りをしていた。キッズスペースで垂直に飛び続けながら、母親に、ねえ!にくまんのうたうたって!とリクエストする子の横で、チェケもミルクタイム。缶のミルクはカイロと一緒にカバンに入れておくと人肌に温まっているので便利とのこと。缶に直接つける吸い口を装着したのをわたされると一度も唇を離さずいい飲みっぷり。缶を傾けて最後の一滴まで上手に飲み干す。最初は下手くそだし、吸いダコができてたいへんだったという。この世ではじめに熟達する技術なのかもしれない。
蔵書コーナーでは親が子に、あるいは子が子に思い思いの読み聞かせをしている。棚を眺めながら『もけらもけら』を見つけ、やっぱりいいよなあと感心し、南出さんにおすすめしておいた。『ノアの方舟』の絵本がやけにあって、四冊はあった。源平合戦ものも三つくらい別でシリーズ化されており、なんというか、子どもに読み聞かせる物語の偏りがそれでいいのか疑問だった。『ぼくのロボット恐竜探検』が面陳されているのを見て懐かしくなる。これ、このロボットのいかにもなフォルムとか、奥さん好きそうだけど知っているかなあ。ロボットに乗って恐竜時代を探検するという夢のような絵本で、ロボットの断面図も載っている。お腹の辺りに自動調理キッチンやお風呂までついていて、楽しそうだ。操縦する子供たちに恐竜の名前や生態を教えてくれもする。シリーズだったのか、現代の地球を周遊するものもあって、これは初めて読んだ。大人たちが絵本にはしゃぐあいだ、チェケは爆睡。カフェスペースでひとやすみ。小腹が空いたのでオムカレーを注文。なにごはんなんですか、と呆れられる。ぽーん、と足許にボールが転がってきて、悪びれもせず駆け寄ってくる子どもに放り返す。じっさい子育てってどうですか、みたいな話をあれこれ聞かせてもらう。南出さんはチェケ誕生前から今日に至るまで途切れず毎日日記を書いており、驚異的である。すごい胆力だ。東博に再入場して二階を流して、解散。
スーパーで奥さんと待ち合わせて買い物。米を買うはずが別のものもいっぱい。しかも米はドラッグストアで買う。エコバッグからすごくいやな臭いがする。さいきんスーパーの帰り道に異臭がしており、豪雨が続いたのもあって排水がいかれたのだと不衛生に思っていたのだが、エコバッグのよごれだったっぽい。お湯につけ洗いする。夕食は奥さんが長谷川あかりの赤ワイン煮込みをつくってくれていて、やたらうまかった。お風呂に入りながら、日記のライバルはきっともう今日の分を書き終えてる。僕も負けないように早く日記を書かなきゃ、と焦る。日記のライバルって何。
