2021.10.06(2-p.166)

通勤電車で「超相対性理論」を聴くと、早速冒頭で渡邊さんとのツイートのやり取りを取り上げていただけて嬉しい。お三方ともに流石の鋭さ。無用への愛着について「超相対性理論」に投げかけたのは、荒木さんが示唆したようにビジネスに人文知を「活用」することは本当に可能なのか、という問いなのかもとまた一段階クリアになった気がする。深井さんのご指摘の通り、文学部に「意味」があるとしたらそれは社会的効能ではなく、社会を転覆しかねない根本の問い返し可能性にこそある。社会に阿らない不遜さをこそ培う場所なのだ。もちろん僕も会社員として資本主義の現場にどっぷり浸かってはいるわけで、ナイーヴに言語や貨幣を否定したいわけでもない。どっちも便利。とはいえ、言語も貨幣もビジネスのためだけの道具ではないはずで、僕はこれらのツールの「誤用」に賭けたい気がしている。と、ここまでツイートを繋げていって、さらにクリアになったことがある。僕はビジネスに人文知を「活用」することには関心がなく、むしろビジネスを人文知に「奉仕」させる方法を問うているのかも。主従が逆なのだ。

会社の昼休みに本屋で『何もしない』と『反逆の神話』を買う。今月の早川はなんだかすごい。どちらも今朝のポッドキャストを聴きながら考えていたことにも接続できそうな本だった。さっそくファミレスでハンバーグを食べながら『何もしない』の序文を読んで、これは僕が好きそう、と思う。零貨店アカミミの実践の論理として援用できそうな気配がとてもある。

賃労働の終盤、右目の奥に鈍痛があって、そこを起点にどんどん頭が痛くなる。マスクのせいで一層ぼーっとしてきて、つらい。やることやってすぐ帰る。モバイルバッテリーを忘れてすでに残り20%だったが、電車の間はFGOが遊べてよかった。エリちゃんは可愛いねえ。最寄駅からの歩きの途中で音楽が止む。電池が切れたのだ。

帰るとすぐに頭痛薬を服む。奥さんに、顔色悪いよ、と心配される。小豆のあっためるやつをレンチンしてもらって、横になる。こっそりすこしチェイテ城を探索する。ストレッチもして、すこし楽になる。夕食はトマト煮とコールスロー。同棲を始めて早い時期に奥さんが作ってくれて、それ以来の好物。初めの誕生日のごちそうもこれだった気がする。だからか、食卓に好物しかない状態で、誕生日の気持ちになる。

同居人が先に風呂に入る。夫妻は布団に寝そべってFGOを遊ぶ。だんだん奥さんが目に見えてうとうとしだす。無理せずすこし寝たら、と話しかけると、うにゃうにゃ何ごとかを応える。

すこし、寝るね……

そう言いながら右隣に寝転がる奥さんはそっと左手を差し出してくるので、iPhoneを傍に置いて、左側を下にする姿勢になった僕は右手で握り返す。左手で肩をさすっていると、いつの間にか僕もうとうとしていたらしく、気がつくとその左手も奥さんの右手にしがみつかれるように握られていて、奥さんはすやすやと寝息を立てていた。両手を塞がれて動くに動けないし、シナリオを読みかけのFGOを再開することもできない。諦めてじっとしているとしっかり眠ってしまって、二人が目覚めると午前二時前だった。

しまった──

しばらく逡巡し、とりあえずFGOをキリのいいところまで進める。それからシャワーを浴びて、薬を服んで、歯を磨いきながら日記をざっくり書いておく。更新はもう朝になってからでいいや、と思っていたけれど、書けてしまったから出す。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。