2021.11.23(2-p.166)

東京は文学フリマだった。段ボール三箱分の本をキャリーと2wayリュックを駆使して二人で運ぶ。前者はガラガラ、後者はゴロゴロと呼ばれている。ゴロゴロは新調したもので、ゴロゴロ時はほとんど重さを感じない優れもの。これと比べてしまうとガラガラはちょっとしんどい。定期的にこうして大きな荷物への電車内の圧を感じると、より一層いろんな見知らぬ人たちに親切にしようという気持ちになる。ガラガラは大きくて丈夫だが重くて小回りが効かない。山手線のホームドアのある駅だとホームと車両との間隔がちょうど良くて車輪がすっぽり嵌まる。エスカレーターで騙し騙し上ったその先が階段だけの絶望感。毎回文フリといえばこの手持ち搬入の困難ばかりが記憶される。肩腰足が疲れて、浜松町に着いたあたりでほっとする。周りも大きな荷物の人ばかりになるからだ。そのうちわざわざ鈍行に乗り込む人はだいたい同じような人たちなので労いの気持ちを勝手に送る。モノレールからの景色は好きだな。

到着すると奥さんはてきぱきと荷解きをして設営を進める。僕はおたおたとする。こういう時の奥さんの能力は舞台を作っている時からずっと頼もしい、そして僕は相変わらずポンコツだ。開場前に関口さんのブースに出かけて納品を済ませる。忙しいタイミングで申し訳がない。けれどもここで、二千部売りましょうね、落ち着いたらまた来ます、と話しておきながら結局行きそびれてしまったのだからこのタイミングで行けてよかった。この後もたとえばブースに来てくださったいくつもの人に、あとで行きます、と言って叶わなかった。僕は嘘つきだ。その場でだけいい顔をしやがって。開場時の拍手でいつも泣きそうになってしまう。奥さんも僕も演劇はM0暗転でぼろぼろ泣く。だから苦労して会場に辿り着いて、汗をかきながら設営を終えて、さあ開場だというこの瞬間がいつもクライマックスなのだ。準備から本番になるこの瞬間。

開場してしまうと僕はなるべく自分のブースにいたいようで、お昼におにぎりを一個放り込んでそのあと目星をつけていたブースをわーっと巡ったほかはずっとブースにいた。わーっと巡っても食事込みで小一時間は離席したし、そのあとのほんの五分とかの中座でこそ本は売れるようで、いくらかの方に挨拶をしそびれたようだった。こういう会い損ねたり買い損ねたりばかりが気になってしまうが、それ以上に多くの本を買えたし、多くの人が会いに来てくれた。驚くことにポイエティークRADIO を聴いているという方が三人もいらして、みなさんとても褒めてくださる。お一人からは初期の頃の僕が一人でぶつぶつ喋っているころの回が好きだということで、たまにはまたああいうものを、というお言葉をいただき、素直なのでさっそくどこかで一人回をやろうと思う。嬉しいな。好きな本を書いている人たちともたくさん会えた。十七時退勤者のお二人は「文學界」のお話をしてくれて楽しかった。「文學界」の話は四人くらいとした、ということはポイエティークRADIOと同じくらいの多さで、ポイエティークRADIO って実はものすごい巨大メディアなんじゃないか、と勘違いする。多くの人に眼鏡が変わって誰かわかんない、と言われる。そろそろ新しい似顔絵を描いてもらおうかなあ、とぼんやり思う。やっぱり開場中のことはぼんやりと楽しかったなあということしか覚えていない気がする。なんだか嬉しいことがたくさんあった。僕はもうすっかり日記の人なんだろうなと思っていたけれど、日記本よりも『会社員の哲学』が売れていくので面白くも意外だった。僕や日記に興味のない人も、「会社員」という存在は気になるということらしい。つまりは新しい遭遇がいくつかあったようでそれはとても楽しい。

『会社員の哲学』はほとんど完売。『町でいちばんの素人』も最後に残数の多くを松井さんに納品させてもらったので帰りは小さな一箱に収まって、ガラガラもゴロゴロも軽い。接客時にここでも買えますよ、と案内していたSUNNY BOY BOOKS の通販では二冊ともすでに売り切れていて、ありがたい。すごいことだ。ちょうど今朝追加の注文をいただいたので早めにまた伺いたい。

帰りは昨晩の荷造りからずっと大活躍だった奥さんがフィジカルの限界を迎えて「無」だった。表情も言葉もなく、淡々と帰ることだけに特化した動作を繰り出す。僕は帰ってすぐさまお風呂を沸かし、中華鍋で玉ねぎをたっぷりの油で焦がす勢いで炒め、作り置いてあった鶏の揚げ焼きを追加したところに特製スパイスを和えてサリサリカレーもどきを作った。その間奥さんは寝ていればいいのに売上金の計算をしてくれていた。制作費は回収できた。すごいことだ。それから奥さんをお風呂に入れ、カレーを食べて、入念なマッサージを施して、お布団をかけて、布団乾燥機で暖めて、ようやく奥さんはにっこりとして、あんなに眠かったのに布団入ると眠くない、という。なんで? と不思議そうだが僕の方こそなんで? だ。ぽぽちゃんと逆の原理がはたらいているのかも、となぜだか満足そうに言いながらにこにこしている奥さんに応援されながら日記を書く。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。