きょうも奥さんとデートだったのだけど、途中でふたりとも疲れてしまって、コメダで休憩をとった。急にふたりの時間を丸二日も持ててしまったから、お互いに構い構われるのがしんどくなったようだった。それで僕はミーハーなのでDMMで百冊選んでみることにしたりと終日注意力散漫で、奥さんは忘れ物を連発したりした。さらにはふたりとも胃腸がくたびれているというか、脳の欲望と他の内臓のキャパとがまったく合っていなくて、どかっと頼んではあれ? とすぐもたれる胃に戸惑うということを昨晩から繰り返しているのだ。僕は注文した夕食を待ちながら突然何の前触れもなく喉の付け根の部分が痛み出して、戸惑いが続いた。最初は風邪かと思ったが、どうも喉の内側がイガイガするわけではなく、筋肉がつっぱっているような感じで、右頬をニヤリとあげると喉が痛む。顔の筋肉というのは緊密に連携し合っているのだな、とわかる。丸二日奥さんと一緒にいて、久しぶりににこにこしていたから、マスクをしていると表情筋の必要がだいぶ減る、それで喉の筋肉が疲労したのかもしれない。社交の目減りは、表情筋の劣化に繋がっていて、顔の筋肉は頭皮や喉や肩や、そもそも人間の表皮は一枚でまかなっているので、一箇所の衰えは他の部分にも波及するだろう、そんなことを話していた。お風呂の中にまでiPhoneを持ち込んでDMMを吟味して僕は昼の三〇分くらいくだくだと悪口を述べながらそれでも僕は一度ビジネス書というのをちゃんと読んでみて、ビジネスパーソンとしての意識を高めるべきなんじゃないか、なぜなら最近は柿内正午としての人格というか側面が活躍しすぎて、それは無用を愛する側面だから、ふつうに有用性を求められる会社員生活がしんどくなってきた。もっと意識的にマネジメントやらリーダーシップやらをあれこれして自らの市場価値を高めていくべきではないか、マルクスなんか読んでないで──読めていないが──、イシューから始めるべきなのではないか、と言い訳しながらDMM ではそういう自己を啓発するような内容の薄いカルト本の出来損ないみたいなやつを読まず嫌いしないでフラットな態度で読んでみるきっかけとしてみようとしていて、僕のこの屈折した物言いに奥さんは、だいぶこじらせてるなあ、全然フラットな態度じゃないじゃん、と呆れていた。奥さんは帽子を買ってそれがよく似合っていて本当にこの人は素敵な人だなあと思う。せっかくのDMMなので十代の頃気になりつつも買えないでいたエッチな漫画も買おうかと思っていたが、そういうのはいま読んでもときめくのだろうか、と考えるとすこし怪しい。そう言いつつも何冊かそういう漫画もカートに入れてみつつなんとか百冊ちょうどに納めてみた。こういう機会じゃなければ買わなそうなもの、ずるずると読みたさだけを燻らせていた漫画、そういうものだけで百冊いくのが面白い。しかし七割引で三万円弱。三万円弱かあ、といまは最後のボタンを押しあぐねている。ちゃんと印税は値引きに関係なく発生するようだし、ほんとうに応援したい作家や翻訳家や研究者の本は浮いた七万円で定価で買うのだから、べつにこの三万円が惜しいわけではない。しかしそもそも七万円は浮いたわけではないし、単純に三万円の出費だ。百冊選ぶ快感はあったが、百冊買う必要はないだろう、一回冷静になろう、そう思って今日の日記を書き出した。さいきん僕はすこし元気がなくて日記が億劫になりそうでそれが恐怖だったが、そもそも日記は書きたくなくなったら書かなければいいだけの話だと思い出して気が楽になった。だいたいのプレッシャーは実は自分が勝手に作り出したものだったりするからあんまり信用しないほうがいい。こういうことをすぐにいうから僕はいつまで経ってもがさつなままだ。