2021.04.23(2-p.53)

図書館で借りた新潮文庫版の『おかしな男』は、これまでほうぼうで借りた本の中でいちばん不潔だった。全体的に水ヨレがあり、いたるところにコーヒーの跡がついている。全体の黄ばみも明らかに経年だけのものではなく、明らかに、この本が図書館を媒介に無数の人の手を経ていまここにあることを実感させる。図書館でだいたい綺麗なままの本ばかり借りる僕は、これが新鮮で、こういうところにも見ず知らずの他者の手と一冊の本を共有する醍醐味というのはあるのかもしれない。もちろん綺麗に越したことはないのだが、特に渥美清の本だとむしろ、これまでの読み手の行儀の悪さが伝わるくらいの方がちょうどよかったりもする。

僕の背中はニキビなのかでぼこぼこで、毎晩奥さんにクリームを塗ってもらう。日記を書いているあいだにちょっと塗ってもらえる? と頼むと、いいよ、クリエイティブでない人間は背中にクリームを塗るくらいしかできないから、とふざけて言うので、日記はクリエイティブなのかという問いが生まれた。奥さん的にはクリエイティブらしい。ここでいうクリエイティブとは漫然と生きてるだけで文字が書けるということで、私と同じくらい漫然と生きてるのにあなたは文字という制作物があるからクリエイティブということだった。漫然と生きていると認定されたのは楽しい。人生が面白いから日記が面白いのでなく、日記の面白さとはどう表象するかにあるのであって、だから不幸でないと面白いものが書けないというのはその程度の面白さしかない、みたいなことも言っていて、僕は頷き過ぎてそのまま日記にこうして書いている。奥さんも僕もかつては迷ったらヤバそうなほうを選んでいたが、あれはもしかしたら自分が面白い人間でないという自覚があったからこそせめて人生を面白くしようとしていたのかもしれない。しかし日々は漫然としていても面白くあろうとすることはできるし、だいたいの日はぬぼーと過ごしていたい。

最新の情報によるとウイルスは夜と光とアルコールによって活性化するらしい。知らなかったなあ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。