2021.08.23(2-p.150)

午前中から夕方までは賃労働しつつ、合間に「H.A.Bノ冊子」の取材を進める。楽しく本を読んだり映像を観たりしているだけだ。今月はそもそもほとんど本を読めていないのだけど、「冊子」次号の原稿の書き方を『プルーストを読む生活』のころの日記の書き方にかなり寄せているのもあって、本来の日記であるこちらに本のことをほとんど書かないでいる。感覚としては日記を二つ並走させているような感じなのだけれど、片方の日記のためにこちらの日記から読書の要素が薄まっていくというのはなんだか面白いものだった。日記だからと言って日記然としている必要はなく、日記然とした日記はあまり面白くもない。そもそも毎日の生活が、ただ記録するだけで面白いものになる方がおかしくて、そんな生活では身が保たない。ただ漫然と過ごしてしまう一日の方がずっと多いのだけどしかしそうやって漫然と過ごす一日にも不安や期待や思考の拡散というのは絶えず起こっているわけで、そういうもののほうをこそ僕は読みたいから書いていくのだけれど、そういった拡散を誘発するものとしての本の話を封じられるとどうしても僕の日記は日記然としてしまうようだった。思えばパンデミック以後の一年半以上の間この日記は日記然としている。それはもはや漫然とした日記のほうがなんだか嘘っぽいような感覚もあるからなのだが、多くの人というのは異常事態や緊急事態というものは一年と耐えられるものではないようで、そうすると異常でも緊急でもなくなってそうした事態を日常として生きていくというわけでもなく、異常で緊急なままの現実を否認するようにして過ごしていくのだということがわかってきて、その弱さ自体は仕方がないのだけど、弱い人ほど自身の弱さに無自覚なことに辟易とはする。多くの加害性は自身の弱さの否認によって増長されているように思える。

夜には対談のゲラが届くのではりきって確認。事前にチェックしていた文字起こしと比較できるようにタブレットとPCを駆使して、主に保坂さんの部分の直しを入念に見てしまう。すこしの修正で整えられるリズムや世界観が、これはまさしく保坂和志の言葉だ、と思えるものになっていて、すごいなあ、とわくわくする。明日ちゃんとチェックしよう。先に気になった点を五月雨でメールしてしまう。

目を酷使しすぎたようで頭が痛い。小豆のレンチンするやつで目を温めつつ、眠くなったのでさっさと寝る。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。