2021.11.14(2-p.166)

上海蟹食べたい。食べたことないもの食べてみたい。あと紹興酒飲みたい。

そこそこ本場感があって、そこそこ初心者でも入れる雰囲気で、小綺麗で、賑やかだけれどうるさすぎないお店がいいなと思い昨晩から色々調べておいた。上野の麻辣大学が適当じゃないかと目星をつけてお昼は上野。先着の二組を待ち、電車から大塚英志『怪談前夜』。横から覗く奥さんが、表紙はダサいけど中身は面白そうじゃん、とコメントする。序文で面白そうさを高める本はいい本だよね。僕にとって大塚英志は松岡正剛と内田樹と並んで真の「町でいちばんの素人」枠に入っている、というような話をした。専門外のことも面白おかしく話せる面白いおっちゃん、みたいな。僕自身がそうなりたいのかというとそうでもない気もするが、「町でいちばんの素人」というときイメージするのはたぶんこの三人な気がするな、とこの時はじめて気がついた。

順番が来て、ふたりだとそんなに品数は頼めない。吟味の結果、上海蟹の他は麻婆豆腐と、ラム肉と玉ねぎを香辛料で炒めたやつに決めて、途中で白いご飯が欲しくなって一つ頼んで二人で分けた。上海蟹はいざ目の前にするとどうしたらいいか全くわからなくて、奥さんが検索して二人でたぶんこう、とやっていると上手に割れた。味噌をちゅーちゅー吸いながら、初デートに向かない食べ物だな、と思う。外骨格を破壊して中身を吸い出す。食事という行為の野蛮さをむき出しにする食べ物だった。一生懸命蟹と格闘しながら紹興酒を飲んでいると、料理の香辛料で促進された血行もあいまってどんどん汗をかいていく。蟹美味しい。酔っ払う。全部美味しい。天井も高いし、店も綺麗。客層も日本語ネイティブが半分くらいでちょうどいい。ちょうどいい! 途中で蓄積した辛さが限界に来たのでココナッツジュースを頼んでみると見事にリセットされてすごかった。食べ終えて、美味しかったねえ、と満足し、あとはなんか座ってるだけでいいような映画でも観ようかとなり、最近僕がプレゼンしているマ・ドンソクを観ようかとTOHOシネマズで『エターナルズ』があと一五分後に始まる、じゃあそれで、と決まる。僕はこの前観た『ノマドランド』がすごく好きなようで、クロエ・ジャオだったら大丈夫、という気持ちと、奥さんは特にマーベル好きじゃないんだよな、という気持ちで、とにかく楽しみに映画館に向かった。世界一面白くなくて不快な兎の動画を避けるようにして入場。グッチの『華麗なる一族』みたいなやつは絶対に面白い。映画が始まる。

『エターナルズ』はエンタメ大作としては六十点くらいの出来なのだろうけど、関係性のドラマとしては非常に優れたもので、観終えた後の僕のTwitterの検索窓は「セナギル」「ドルマカ」「キンスプ」などと次々に打ち込まれていった。調べていくほどマッカリ役のローレン・リドルフが好きになっていくけれど、とにかくカップリングが捗る、それも性愛のそれでなく魂のそれ、というような、とにかく関係性の素敵さに打たれ、シーンとシーンの間隙──なにせ500年あるのだ──にある豊かな文脈を妄想するのが楽しい作品で、鑑賞時間そのものよりもあとから二次創作を漁ることにこそ楽しみがある。奥さんはだからこそキルケーとイカロスの性愛描写に冷めてしまったというのだけれど、がんがんセックスする方が神話っぽくもあるよなあと僕は思い、そもそもマーベルってこんなに露骨にセックスを撮っていいんだ、というのが結構な驚きでもあった。そしてがっつり性愛とそれにまつわる面倒ごとが中心に据えられているからこそ他のカップリングが輝く面もある気がする。ウルクの街並みや、ティアマトという固有名詞にいちいち反応してしまったり、とにかくFGO を想起するシナリオで、奥さんはゲームでもなんでも、とにかく名前を聞き知っているという程度の教養でもこれだけ楽しめるのだからやっぱり教養ってすごいよねえ、と感心していた。全くその通りだと思う。まずは名前を覚える。厳密さはあとからついてくればいい。FGO といえば僕はエターナルズの設定自体が抑止力としてのサーヴァントみたいなところがあるのがとても良くて、ただの人間のヒーローに対してはそもそもなんで戦ってんの? 身近な人たちとの生活を大切にした方が良くない? みたいなことをどうしても考えてしまうのだけど、彼らの場合もう戦うしかないような性を付与されている存在であり、だからこそ戦わないという選択や、戦わない季節の過ごし方に個々人の尊さが宿る、という描き方がなされていくのが大変好みだったのだ。そういう意味でキンゴやファストスもたいへん良いですよねえ、という感じで、なんだか僕はこの作品を結構好きみたいだった。作品そのものの出来不出来ではなく、そこに描かれ、描き損ねられたキャラクターの陰影や関係性の襞を鑑賞者の側で過剰に読み込むことではじめて十全に楽しまれるコンテンツ。僕はそういうコンテンツを昔は認められなかったが、いまではむしろそういう作品をこそ好んでいるような気もする。欠点や隙こそが、誤読の余地だ。

帰ると同居人が山梨土産のワインを中心に構成した豪華な夕食が待っていて、アクアパッツァ、アボカドに大根おろしとなめ茸と柚子胡椒を和えたやつ、トマトとオリーブのサラダ、バゲットとクリームチーズとイクラとサーモンのディップするやつ、などなどとにかく品数が多く、僕はもうこのころには情報量でヘトヘトで、ワインをいただき、満腹で、うとうとしだし、食べ終えてすぐ眠ってしまった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。