西田シャトナーが「パワーマイム映画だ」というようなツイートをしていた『必殺!恐竜神父』をアマプラで観る。確かに開始2分の興奮は忘れがたい。全体を通してみるとテレ東深夜感が強いと言うか、僕が苦手な福田なんとか監督の雰囲気、このチープさはわかってやってるんですよ、という貧乏くさいドヤ顔が鼻につきもした。とはいえ画面分割や早回しを濫用するセックスシーンや、ラスト近くのテロップ芸など冒頭の興奮を想起するようないいシーンも随所にあって、なんだかんだ飽きずに観させる。しかしこれと『ドッグヴィル』を併置する西田シャトナーの凄みたるや。佐々木蔵之介のデビルマンの動画を久しぶりに見返す。
どうにか新刊をジョージ・A・ロメロ財団の方々に届けられないものか、と思いながら財団のTwitterをチェックしていたら白石晃士監督が腹筋ローラーをしながら『マーティン』をオススメするという最高の動画をリツイートしていて、それから白石監督の腹筋ローラーシリーズをにこにこと観続けてしまう。こんな面白い企画をこれまで知らずにいた自分を恥じたけれど、シリーズ通して再生回数が100回未満がほとんどだったので、まだぎりぎりアーリーアダプターを気取れるかもしれない。
『雑談・オブ・ザ・デッド』についてRyotaさんはいつの間にか巻き込まれている形だし、申し訳ない気持ちがないでもない。Ryotaさんは本について出来上がる前から謙遜していて、僕はとにかく調子に乗って大言壮語をツイートする。このスタンスの違いが面白い。人と本を作るってこういう感じか、と言うか、作品に対する確信や自信の具合がまちまちで、とはいえ宣伝のためにも僕が先陣を切ってホラを吹くのは学生時代の演劇を思い出す。思えば僕は演劇をやっていたころから「面白くなくてもいい(なぜなら面白さ以外の、言語化の難しい“よさ”が必ずあるから)」とか平気で言ってのけて、しかも丸括弧内を発話しないものだから、出演してくれる人たちはいつも心細そうだったのを思い出す。こう思い出してみると、根拠なく自信満々に「面白いよ!」と吹聴できる今の自分の方がずいぶんまともな気もするし、恥知らずの度合いがひどくなっているだけとも言える。
学生の頃の僕は自分の作品を宣伝するのがとても下手というかそもそもほとんど何もしていなかったが、それは関わってくれる全方位の人に対してずいぶんと失礼なことだったといまは思う。僕が恥知らずになるだけで本を面白がってくれそうな人に届けられるなら安いものだし、そもそもつける格好がほとんど残っていない。こうして毎日書いたり、毎週しゃべったりしていると、ボロが出るどころかボロしかないことがバレバレでずいぶん気楽なものだった。
