2022.10.05

なんか漫画をめっちゃ読んでしまう。きのうは私設図書館もんで教えてもらった『ダンダダン』をジャンプのアプリでぜんぶ読んだ。都市伝説やネットロアを参照しつつも、オカルト的なものならなんでも節操なくなんでも詰め込んでよくわからないことになっているのを、なぜだか違和感を持たずに読めてしまう視線の導線設計の巧さ。コマとコマの間の運動の処理がとにかくきれいで、読む負荷をほとんど感じないで描かれている内容が過不足なく入ってくるのがすごい。単行本で『正反対の君と僕』を二冊読み返そうと思ったら一話でまた泣いてしまう。『怪獣8号』も読んでみる。まだ牧歌的だった頃のヒロアカを感じる。こちらはもう大人になった人たちの話だから余計に安心して読めるが、怪獣の造形や運動の描き方は『ダンダダン』のあとだとすこし物足りなさもある。さらには奥さんが実家から持って帰ってきた『最遊記』も読む。漫画はこのくらい不親切でもいいんだよな、というか、最近の漫画はほんとうにリーダビリティが高くて、画面も導線もすっきりしていて、読者に親切だ。でも、漫画の画面はもっと頭の中をぶちまけたようなごちゃつきがあっていい。初めて読むのに懐かしさがある。5巻の表紙に見覚えがあって、『ONE PIECE』の10巻と一緒にダイエーの本屋に並んでいた記憶がある。二十年以上前、漫画はわくわくして、でもどこか怖いものでもあって、エロかったりグロかったりする漫画をうっかり見てしまったときの、興奮と戸惑いの感覚はなんとなく生々しく思い出せる。十歳くらいの時、どこかでなにげなく開いた『多重人格探偵サイコ』は、ちょうど箱のなかにみっしり詰められた四肢のない恋人が宅急便で送られてくるシーンで、少年漫画しか読んでいなかった僕は乳首が描かれていることへの興奮と、起こっている出来事のおぞましさや悪意の強烈さに訳がわからなくなって、しかしその絵は脳に焼き付いてしまった。それ以来この漫画に近づこうと思ったことはないから、僕が知っているのはこの2ページだけだ。もしかしたらだいぶ誇張しているかもしれない。なにせ二十年前だ。漫画はそういう邪悪さと遭遇してしまう悪所だった。だから怖いし、惹かれた。小六で『魍魎の匣』を読んだ時この絵が浮かんだのも覚えている。

奥さんはホラーは絵として嫌だという。嫌な絵がショックを与え、脳にダメージを与える。それは怖いというよりも具体的な損傷で、そんなことをわざわざ自分から受けにいく気がしれないのだと。奥さんはジェットコースターも理解できない。僕はわざわざ傷つくためにホラーに惹かれるのだろうか。怖いもの見たさとはなんなのか。『ホラーの哲学』は面白く、ちびちび読み進めているが、いまのところこの問いには応えていない。応えようとはしているらしい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。