2023.03.05

「自分大好きですね」みたいな揶揄をいただくからこのことについてよく考えるのだけどいまだにうまい言葉が見つからない。だからまだよくない解釈の幅があるというか、受け取る各人のなかにある語義の個体差が大きいようにしか言えないのだけど、自分のことがとくべつ好きでなくても自分のことに関心を持ったり気にかけてあげることは可能だと思っていて、好き嫌いのような感覚や、才能だとか能力だとかいった社会的な評価軸に照らし合わせて自分をジャッジするような感性や、この自分を肯定できるかどうかといった倫理とはまったくべつのところで、自分に自足するというか──この自足というのがどうも現状肯定みたいなニュアンスを引き連れてきてしまうからあまり適切ではないと思ってはいる──とにかく自分のことを、とても好感は持てず価値も感じられず否定すべきところも多いものであるところの自分を、一個の事実として認めつつ、それを面白がるというか、玩具のようにいじくっていくような態度で、あわよくばすこしでもマシな方向にもっていこうという遊びの感覚があり、そのような感覚において僕は僕のことばかり考えている。他人のことを玩具のように扱うのはダメだから手近な自分で遊ぶのだが、これを自己愛とだけ片付けられてしまうとなんとなく物足りないような気持ちになりはする。素朴に自分のことを好きなのであればそれに越したことはないとも思うが、好きか嫌いかと問われると、そんなに好きでもないな……と気がついてしまう。面白い遊び場だとは思う。単純に他人の話を勝手にすることへの忌避感が強すぎるのかもしれない。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を観る。隣で奥さんが花粉症に苛まれていてたいへんそうだったが、僕はたいへん楽しかった。終盤は奥さんと一緒にズべズベいってた。どうもこういう下品でヘンテコで切実な映画は琴線に触れてしまう。仏頂面のおばさんが心を通わせるシーンがあるとだいたい泣く。これは一〇代に見て揺さぶられた『セントラル・ステーション』の経験が大きい。自分のオタク的感性を育んできたあらゆる実家が一堂に会するような映画。ぜんぶpixiv とかで読んだことあるのに、全体としては見たことないものになってる。あのすてきな人が、幼いころ何度も観たインディ・ジョーンズの相棒で、グーニーズの一員でもあった彼だったと知ってよりいっそう実家感が増す。これもまた、僕が先ほどこの生への「自足」という言葉を躊躇いながら使用しつつ語ろうとしたものを主題とした作品であった。パンフレットを読むと明言されている通り、作品はあきらかに『MATRIX』の換骨奪胎であり、『MATRIX』が満たされているはずなのにどこか空疎なこの生への違和感を外部の過酷な「現実」への帰還という形を取るのに対し、本作は行き詰まり希望も見出せないこの生の別の可能性へと無際限に拡散していきつつも最後はあらゆる可能性が閉ざされたこの生の固有な有限性へと回帰するという対照があり、時代を感じる。ともかく僕はこの作品のバカバカしい切実さ、熱くエモーショナルなナンセンスに泣きながら爆笑してしまった。この奇妙な泣き笑いの快感は、ペダステを観る悦びにも近い。

夜は結婚七周年を先取りするディナーコース。昨年同様エリックサウスで、酢漬けした鯛をヨーグルトで食べるやつで始まり、揚げたイカとたっぷりのカリフラワーをマンゴーやキウイのソースで食べるやつ、春野菜を塩と水だけで丁寧に煮込んだスープ、菜の花とマトンの煮込んだやつ、厚切りの豚と芽キャベツを各種スパイスがふんだんに使われたグレイビーソースで食べるやつ、わんこカレーがあって、苺大福で終える。素材の掛け合わせを見るだけでそりゃおいしい、となるいいコースで、すっかり満足すっかり満腹。今年こそはそれぞれの季節のコースを食べたいねえ、と話す。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。