2023.04.13

『差異と重複』の納品時に傷んでしまった本を交換しに三鷹まで。往復で三時間弱かかる。でも郵送するとまた傷むかもしれないという不信から、あと単純にUNITÉに行ってみたかったから手持ちで交換に伺ったらその本も傷んでた。行きの荷物が多くて人とぶつかったから、そのときに固いものに当たっていたのかもしれない。自分のほうが信頼できない。受け渡ししようとレジの前で取り出して空気が凍った。もうダメだと楽しみにしていたお昼も食べずに帰ろうとすると中央線も止まってる。酷い。

UNITÉは奥に細長いとてもかっこいい空間で、色味やテクスチャのトーンの揃え方がfuzkue と通じるところがある。奥の壁面の人文書の揃えが見事で、ほかで見たことのない本が大半だった。心理学と人類学が光ってみえた。このあたりのものを買うだろうかとあれこれ見ていく。入り口から見て右の長辺の手前はレジとカフェスペース、奥側の端にテーブルが置かれ、そこに『差異と重複』を積んでいただいていた。店内には空間の節としてテーブルがいくつか置いてあって、左辺の文芸の壁から古書の棚へと移るあいだを繋ぐところには『プルーストを読む生活』もある。左辺の手前、壁面の上のほうは詩歌が並んでいるのだけれどそこがまたよくて、けっきょくここから『鳥類学フィールド・ノート』と小津夜景のカモメのエッセイを取った。プリンやチーズケーキもあるみたい。買った本をここでこのまま読むのもいいな、と思ったけれど、お前何のために来たんだよ、という感じになってしまったのでよす。

「最悪だ」

「落ち込む…」

「びぇ〜」

と奥さんにSlackで泣き言をいい、冬組の「ANSWERS」を聴いて回復。回復はしない、毎回本気で落ち込む。期待してくださった書店への申し訳なさや、自分の情けなさでぺしゃんこになるが、起こってしまったことは取り消せないので次を考え続けるほかない。以前の僕であればここで半年くらいは引きずって、もう本なんか作らない、といじけたところだが、今はもう次の本が控えているし、楽しい用事もあるし、同じだけの傷つきを受けても膝をつくわけにはいかない。そう、べつに食らい方がマシになるわけではない。ふつうに最大限落ち込むしいじける。そのうえで、足が前に進まされるとしたらそれは用事があるからなのだ。人の心は弱い。自立任せではすぐぺしゃんこだ。ぺしゃんこになるところを無理やり立たせるのが用事だ。忙しさは心を麻痺させるわけではないというか、まだ麻痺するほど忙しくはないだけだと思うのだけど、適度な忙しなさは弱いまま行為に駆り立ててはくれて、それはお節介な鬱陶しい先輩のようなもので、迷惑だがありがたくもあるのだ。ここまで書いているのは方便で、これは三鷹からの撤退の道中に本も読めないほど動揺して、奥さんにSlackで一方的に書き送った弱音では収まらずに自分を励ますようにして書き続けている。僕の日記は大半が景気づけで書かれているから僕が凹んでいるときほど長いし勇ましい。

落ち込んでいると言えば昨晩ふと迷惑メールフォルダを見ると3月のかなり早い段階で注文のメールをいただいていたのが放置されていることが発覚し、『差異と重複』はもう品切れだからどうにもならずこれもまたどうにもならなかったとはいえ悔やまれた。そのtwililight への返信にお返事が今あって、既刊も取り扱っていただけるという。ちょうどリュックに既刊がある。もしかしたらと提案のために持ってきたのだ。ここまで西まで来たのだから三茶にも寄ってしまおうじゃないか、本屋への納品のやらかしは本屋への納品で挽回しよう。ちょうど半蔵門線で乗り換えられそうだったので電車を飛び降りて方向転換。

三軒茶屋も久しぶり。よく下北沢から歩いた。学芸大学から歩いたこともある。よく歩くという印象だ。twililight。細い階段で三階まで一直前に伸びているのを上がっていく。蔵前にあったH.A.Bをどうしても思い出す。お店の窓は棚が置かれておらず、ひろびろとしている。日が燦々と射し込んでいて、あかるい。一瞥するだけではどの棚がなんの棚なのか捉えきれないような分類がなされていて、小説やエッセイが散りばめられているイメージ。かろやかそうな言葉たちが、しっかりと足腰のある人文書を支えているような。僕は小説をほとんど読まないのだけど、それはどうせ読んだらだいたい面白いからで、その面白さが面白くないからなのだが、それでもこのあかるさのなかにいると、小説に触れたくなってくる。清涼な言葉をごくごくと読み干したくなる。なのでこのお店の小説や、エッセイをいくつか手に取ることにした。古本が置いてある四階への階段も窓があってあかるい。中村雄二郎の古本を取る。上がった角にも窓があるから登りながら二面から入り込む光を感知できる。

本と、バナナタルトとアイスコーヒーをもらうことにして、屋上へ。首筋への照りつけがつよいくらいだ。パラソルを広げてもらう。三鷹で買った詩集をひらく。魚の歌。

よいことがあると、いい。あの、ええ、

それが、とても、いい。

とても、穏やかに、うれしい、ことが、いい。

小笠原鳥類『鳥類学フィールド・ノート』(七月堂)

詩はこうして始まる。あかるい本屋の屋上で日向ぼっこをしながら、いい。これはとてもよいことで、うれしい。よし、もう大丈夫。

北千住まで戻って、田園都市線は半蔵門線と直通なのか、楽チンだ、コインロッカーに預けていた本たちを引き出して編境へ。棚を作りにいく。昼過ぎに来るつもりが、すっかり閉店予定時間の間際になってしまった。いろいろと不足した物資があったが、あるものでそれっぽくする。素人仕事。お預かりしている『傑作』をしっかり押し出すようにして置く。古本は傾向からして売れそうにない高めの単価を設定しておいた。これで売れてしまったら諦めがつくし、買い戻せるくらいの値段。ZINE も高いからたぶんそう頻繁には動かないだろう。小一時間滞在して、お店のことをあれこれ教えてもらう。レジ締めなどクローズ業務についても教わって、次からは店番できそう。さっそく来週のシフトを入れる。お店屋さんごっこ。ゴールデン街で感じた、不定期でお店の人をやるのっていいな、誰ともなく人を待ちたいな、という欲望をこうして叶える。みんなおしゃべりに来て欲しい。

いまの過活動っぷりを考えると夏までに一度バタンと倒れるはずなので、転ばぬ先の杖として初夏の用事をあれこれと仕込んでおく。倒れそうでも、用事があれば歩けてしまうので。

帰宅。奥さんの仕事が立て込んでいるので、夕食の支度をして寝室のスピーカーでBUCK-TICK の新譜を聴きながら待つ。ものすごい眠気。明日は絶対に出社しなくちゃならない。労働もしっかり抑えるところを抑えておかないと精神衛生上よくない。疲れるな。お風呂に入ってすこしましになる。でももう眠たい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。