2023.05.11

ようやく薄明るくなってくるころ、ひゃっという奥さんの声、どうしよどうしよ、とオロオロする様子に尋常でなさを感じて起き出すとびゃーんびゃーんという地震速報の音が鳴っている。揺れたのだろう。僕はとにかく寝ぼけながらも奥さんの小さなパニックがいちばん怖くて、とにかく奥さんのそばにいなくちゃ、としがみついているうちに収まっていたのだと思う。起き出して外を見やると夜の赤黒さと朝の青とがないまぜになっていた。四時くらいだった。猛烈に眠たく、震源を確認して寝た。九時くらいに起きてもまだ眠いような気がした。

荷物が届いて、名刺と栞だった。どちらも文フリに向けて制作したもの。栞印刷のために登録すると名刺が無料で試し刷りできるというので一緒につくってもらったのだった。いい出来で、とくに栞はエキストラリネン301kg という紙で、「デリケートな毛織りの雰囲気を表現し」ているらしい。たしかに風合いが目の細かいセーターみたいだ。紙の説明というのは面白く、ワインの味の表現から実際の味がさっぱり想像できないのに似ている。それでも説明文からなんとなくのイメージを掴んでえいやで注文するのだが、今回みたいに大当たりだと嬉しい。

家を出て、歩いていく。

「自己責任」などという名分を押しつけて自らの機能不全を正当化する行政を批判することと、社会のことばかりインターネットに書き散らかしていないで身の回りの生活からすこしでもマシなものに整えていこうよという気分はほんらい同居するはずなのだが、「自己責任」というタームを一元的に適用することでうまく並記することができないでいる。

個人的なことは政治的なことであるが、それは「ぜんぶ個人のせい」から「ぜんぶ社会のせい」へシフトするための号令ではない。

この固有の生活がほかならぬ社会システムによって大部分を規定されているというのは事実であるが、だからといってこのことを自覚するだけでは無力感を募らせるだけでもある。個人で直接に社会のシステムを書き換えることはできないからだ。

個人の生活における政治とは、日々知らない人に親切にするとか、ポイ捨てをしないとか、誰かの不当な行為を見かけたらお節介にも介入するとか、そういうことでもあって、具体的な範囲での社会の変革はそういう地味でしんどい行動の積み重ねから始められる。

誠実であろうとする人ほど、遠くの誰か、石を投げても安心な抽象的な「社会」を憂い憤ることに心身を消耗して、自分の生活が疎かになってしまうの、やだ。

とはいえこれはある程度の生活の余裕を確保したからこその発言であって、なけなしの余裕すら想像できない境遇にいる人は、すべて社会のせいだから、できていないことを気に病む必要はない。

そんなクソな社会にちゃんと中指を立てるためにも、まずは利己的に生活の余裕を確保することに全力を振り向けてもいいとは思う。『会社員の哲学』は、おそらくこんなような気分で書かれた。もっと広く売れたいな、と考えて、あれこれと宣伝文句を試してみるが、けっきょくこういうのは誰かに見つけてもらうのがいちばんなのだった。

髭脱毛二回目。せっかくなので追加料金を払ってほっぺのほうまで一気にやってもらうことにする。ぺちん、ぺちんと今回も手際よく一〇分足らずで終わる。お昼ご飯をサイゼで食べる。グラスワインとほうれん草のくたくた、アロスティチーニ。〆にソーセージピザ。

14時ごろから編境の店番を交代。すぐ雨降り出す。ポッドキャスト「良い夜を聴いている」を店のスピーカーから流す。「クイズ!帯だけで本のタイトル当てるドン」が楽しげ。帯文って読んでるようで読んでない。このクイズで僕も遊んでみたい。暇で、しかし休日にお店でぼけっとしてるというのは悪くない。

どんどん雨強くなる。サボで来ちゃった。

16時半ごろおひとりご来店。一冊売れる。はじめての売上! 自分の店番の時は一冊も売れないみたいなジンクスができなくてよかった。17時過ぎからもう一人、こちらは棚主になる予定の方で、あれこれと説明する。『あまり読めない日々』を買ってくださる。

雨のなか扉を開けていたので、半袖しか着ていなかった僕は冷えてしまった。帰宅して、じっくりお風呂に入る。乃帆書房が店舗を閉めると知る。『プルーストを読む生活』ZINE 版の一巻を、東京外から真っ先に注文してくださったお店。いつか行きますと言っていたのだが雪や感染症で延び延びになっていたらこれだ。自分の不義理に情けなくなる。秋田までの道のりを調べる。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。