2023.11.11

祖母に行ってよいかLINEする。すぐに返事がある。母の運転で午前中から家を出て、スーパーで寿司を買いに寄る。黒柴のハルはいつも飛びかかってきてくれるが、さすがに歳をとって落ち着いたのかどんっとぶつかってくるのではなく、ぴとっとすり寄ってくる。奥さんは犬が怖いがこのくらいの勢いであればなんとかなる。おそるおそる撫でる。はじめて犬を撫でた。ハルは真っ先にこの目新しい客に撫でられて、次に珍しい僕のところに来る。母は三番目でなかば義務のように触らせて、満足げに腹を床につけてすわる。あーちゃんはおむつをしていて、いつもビビっていたのがすこし惚けてきたのかよちよち寄ってきさえする。触ろうとするとすこし怖じ気づくようではある。寿司を食べながらお話をする。祖母から見て僕はチャラいらしい。長毛のエマは16歳。年上だったチャルも13歳で死んだから、ずいぶんと長生きだ。尻尾をズボンの上にのせてくつろいだり、頭を擦り付けてきてくれる。ハルが庭に出たがり窓を開けるとエマもさっと出て悠然と跳ね回る。飽きて戻ってきたと思って窓を開けてやるとぷいっとまたどこかへ行ってしまう。日向ではピッピが昼寝をしていて、目を覚ますとずっとごろごろと喉を鳴らしている。奥さんは抱っこさせてもらって、途端にほわっとした空気が発散された。ああ、猫だ。奥さんは猫とよきものを循環させるのだといつだか占い師にいわれたそうで、じっさい猫を抱く奥さんからはいい感じのバイブスを感じた。やっぱり猫と暮らしたいね。叔父も来て制作中の版画を見せてくれる。美術部だった奥さんと技法の話で存外盛り上がる。柿とバターのジャムや桃ジュースをいただいて辞す。

いまから香嵐渓いけるんじゃないかと思いつき、猿投グリーンロードに寄り道。快調に流れるけれど2キロ手前から渋滞で二〇分くらい嵌まり込む。奥さんの膀胱は限界で静かに追い詰められる。ようやく辿り着いてほっとする。トイレに行っている間に豚汁のフードトラックに並ぶ。周りを見渡すとすっかり冬の装いで、僕たちだけが薄着だ。寒くて吐く息が白い。三人で一杯の豚汁を分け合って温まる。おむつのころから紅葉祭りで食い倒れするのが楽しみで、もう二十年以上にもなるがそのころはこの景勝地はじじむさく年寄りと家族連れしかいなかったように思う。紅葉が始まるとさすがに混むからまだ色づく前に食べに来るような物好きは余計に少なかった。それがきょうはやけに人が多い。しかも若い。豊田のおらついた威勢と元気のありあまったような男女がぎらぎらとしている。どうしたことだろうかと不思議だったがのちに帰り道で生命力の溢れんばかりの若い子が隣の男に、いい写真が撮れてよかったねぇ、と声を弾ませていて、スマホだ、と思い至る。僕が今の僕の腰くらいの背の高さのころスマホはなかった。写真と言えばいちばん手軽でデジカメで、だから特に写真を本格的な趣味としない人でもきれいに写真が撮れるという感じではなかった。写真とはわざわざ道具を用意してするものだった。だからこそ年寄りが多かった。いまでは誰もがそこそこの道具を持つとも意識せず持っている。だから景勝地に来る。それでなのかは知らないが出ている屋台もずいぶん顔ぶれが変わっていた。十円パンとか長大な芋とか。山の中腹にある小屋はこの時期だけ開いて刀削麺を食べさせてくれる。これがとても楽しみだった。当時は刀削麺なんて未知の食べ物でここでしか食べられない。ひと月だけ大陸から来る職人が作ってくれる特別な料理だと思っていた。いまではどこでも店を探し出せるが、やはりここの味がじぶんにとっての刀削麺になっている。ごまと野菜とピリ辛、三種類ぜんぶをわけっこして、フランクフルトやこんにゃく田楽、もつ煮も食べちゃう。十五分に一度、焼き栗の機械がぷへーと蒸気をあげる。お兄さんはその前にカラカラとベルを鳴らすのだが、これは危ないから近寄るなという意味なのか、面白いから寄って見ろという意味なのか、何度聞いてもわからなかった。お腹いっぱい。子供のころに楽しかった場所に奥さんと一緒に来るというのはなんだか感慨のようなものがあり、幸福な子供時代を過ごす不幸とは素朴に今を享楽する子供の能力が衰えてから同じようなことをすると土地も体も変わっているから未来も過去も重たくなった現在からはあのころの楽しさはもう味わえないのだと思い知ることで、しかしいつまでも稚気の抜けないこの体にとっては今でもこの場所はなかなか楽しくて、さすがにお腹がはち切れるほどの無茶はしない分別はあるがそれだけだった。これからも楽しいとよい。

帰りはすいすい。寒空の下にいると体感時間が一時間くらい早まるようで、もう日付も変わるし寝ようと思ったらまだ十時半だった。十一時には寝てしまったはずだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。