2023.11.12

十一時まで眠る。半日寝ていた。実家の布団はダブルサイズで一緒に寝るのだが掛け布団は共用で奥さんは寝る時掛け布団を抱きしめる癖があるので明け方になると僕は追い出されて取り戻そうとしても端っこをひしっと握っているからなかなか難儀した。潰さないようにお互い寝返りを遠慮するから背中がすこし疲れている。やたらと夢を見ていたような気がする。布団から落ちたカビゴンは不正を疑い十一時間も寝たのに七十点しかくれない。ケチ。

パンとちくわときゅうりを食べて、えびせんが出てきて、チョコレートもあって、りくろーおじさんも食べて、午後までだらだら食べ続けおしゃべりしながら日記を書く。二日ぶん溜めてしまって一昨日の日記を書くというのははじめてかもしれない。もう書かなくてもいいかとも思ったが、ここが正念場だよ、毎日書くリズムは維持した方がいいよ、と奥さんに励まされて書く。しゃべりながら書けるのすごいねと呆れられる。父に、奥さんに全然面白くないと言われ続けたら何日続けられるかと訊かれて、今はもう毎日の連絡帳のような気分で書いているからすぐにやめてしまうのではないかと応えたら、いやあなたはむしろよっしゃ面白がらせたろと奮起して気合が入るのではないかと奥さんは指摘して、それもそうだったが今回の仮定はそういう奮起させようという目論見からではなく心底つまんなそうにされたらというものだろうから、それだとやはりあまりのショックに日記どころか寝込んじゃうだろうなと思う。そんなことになったら、何も面白くなくなっちゃう。僕が面白いとしたらそれはあれこれと面白がれるからであって、あれこれと面白がれるのは色々な人が甘やかしてくれるからである。

夕方には駅まで送ってもらって新幹線に乗る。車窓からの景色を眺めながら考える。すっかり柿内としての友達が増えて、本名での友達がいなくなってきた。僕の社交はほとんど柿内に乗っ取られている。これは中禅寺秋彦が京極堂と呼ばれるように屋号のほうが前に出るというだけでそこまでの違和感はもっていないのだが、考えてみるとすこし『世にも奇妙な物語』じみた事態でもある。アイデンティティの複製と乗っ取り。柿内としての僕は「町でいちばんの素人」を自称しているが、根っこにあるのは生まれ育った名古屋のような場所にいる「地元の知る人ぞ知る妙にすごい変人」たちの印象だろうと思う。知名度や集客力のある東京ローカルの有名人ではなく、町々で「知る人ぞ知る妙なやつ」として親しんでもらえるようでありたい。東京の文学フリマは大きな事故もなく、通路もすこし拡張されたらしく安心した。ぶじに楽しい催しになったのならよかった。なんとなく今回は悪い想像ばかりしていたから、こうして参加者を羨ましく思えることが嬉しい。ベイブは売れただろうか。『しししし5』の僕の小説も読んでもらえるだろうか。奥さんは日本橋でライブビューイングを観るので東京駅までで、僕は品川で降りるつもりだったのだけどわかれがたくて結局東京まで一緒にいる。山手線の真反対まで回ることになる。渋谷はたいへんな人で、交差点をうごうごする群れとその群れをとる群れの淀みとであまりにも歩きづらい。Bunkamuraのほうから奥に行くつもりがいつの間にかタワレコまで流されてしまった。

SPBS で「東京酒ゲームショウ」。僕はイベントとは「出来事」であって欲しくて、予定調和な進行には白けてしまうのだけど、こんなにも事故スレスレで、はらはらした気持ちで「観戦」できるイベントは初めてだった。ぜんぜん大したことなくて、何故か唯一無二に面白い。酒の穴の活動そのものだ。じゃんけん大会に滑り込みで勝って、お三方のサインが入ったりんごの氷結缶を貰っちゃった。酔っ払って捨てないように気をつけなくちゃ。

大手町から日本橋まで歩いて奥さんと合流。録音しながら家に帰る。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。