2021.02.21(2-p.16)

珍しく奥さんと連休が合うので、昨晩からどこか出かけてパーッとしたい、と話していたのだ。ムーミンバレーパークが提案され僕の顔は輝いたが、往復で五、六時間かかると判明し断念して、がっかりしてそのまま寝たのだった。

それでのんびり起きて、きょうはどう生きようかねえ、と話していると、ふと奥さんが、箱根行くか、と言う。調べてみると当日でも宿が取れそうだ。行こう。ブランチにうどんを煮ているあいだに奥さんが予約を済ませてくれる。昼過ぎに電車に乗って箱根に向かった。小田原からバス。道中は『藤田省三セレクション』。『民主主義のつくり方』で引かれていた全体主義は安楽であるという指摘でビッときての藤田だったが、この人のことを何も知らないし、取り扱う素材も多岐にわたっていて迷いようだったので、ここは大人しく巻末の、編者である市村弘正の道案内から始めることにした。めちゃくちゃ面白そうだった。じっさいに頭の明治以来の天皇制の話から読みだして、これはまさにいま読みたかったやつだ、と嬉しくなる。

いきなりの思いつきだったから特に行くあてもなかったが、若冲が出ているようだったので岡田美術館に直行することにしていて、着くと山の中はやはり具体的に空気がちがう。それだけで移動が報われるようで、ウイルスは特に移動中や夜間に活性化するわけでもない、これさえしなければ大丈夫ということはないのだから、何をしても引け目はあるが、心が死ぬよりはこうして文字通りの意味で環境を変えてみることが大事だ、さいきんは家の空気しか吸ってないし、こうしてみると気がつくが換気や掃除をどこかでがっつりやるべきだったが、まずは部屋の前に人間のほうを切り換える必要があった。岡田美術館はバカ高そうなガラスが惜しみなく使われていたり、趣味や学術的価値があるかはわからないが豪華な器や壺が並んでいたり、とにかく唸るほど金のある富豪の道楽という感じで、若冲が落ち着いて見ることのできるのは良かった。小腹が空いたのでいくつかのフロアを飛ばして庭に出てそのまま喫茶でうどん。またうどん。コーヒーとパウンドケーキとチョコレートもいただく。美味しかった。

それで山を少し下って宿へ。やる気のある3代目という風体の爽やかなお兄さんが出迎えてくれて、近辺のおすすめのお店なども教えてくれる。言われた通り、お兄さんが一番好きだという居酒屋に行くことにして、うどんを食べたばかりだったが、すぐ行かないと満席になるというので、二人は慌てて部屋に荷物を置くと、ライバルに差をつけろ! と坂を駆け上がった。開店前だった。店の前で待っているとお店の人が予約はあるかと声をかけてくれる。ないと言うと調べてくれてカウンターなら大丈夫ということで、五分くらい早めに入れてもらえた。コロッケと唐揚げと焼きナス。やたらにおいしかった。馬刺しを追加して、お酒は久しぶりだった。ビール、日本酒、焼酎と調子に乗って、ひんやりした夜風に当たって散歩がてらに周りを散策し、コンビニでハーゲンダッツを買った。

アイスのあとはお風呂で、このころにはだいぶ酔いは覚めていて、内湯と露天風呂と両方で温まる。ほわほわしながら録音。きょうは録音のことをすっかり忘れて家を出てしまい、電車の中でようやく気がついたがMacBookを持っていていないのでジングルがつけられなかった。ただの雑談でもジングルで始まりと終わりを明示すること、それだけで作品っぽくなる、そのぽさがけっこう大事に思っていたのだけど、やむをえずスマホのアプリで録音したままを出すことにした。こうやって自分のこだわりや自分との約束は自分しかいないから融通が利くし、自分で決めたことをやり切るのと同じくらい、自分で決めたことを柔軟に変更していくこともまた、自分はやっていけてる、という感じを強める。

日記は書き忘れた。いまは九時前。朝風呂をいただいて、奥さんが二度寝している間に宿のラウンジで書いている。今日はどこに行こうか。朝はとろろご飯のお店に行ってみて、ラリック美術館に香水瓶を見に行くつもりなので、どこに行こうかも何もない。とろろご飯を食べて香水瓶を見に行くのだ。この宿はテイクフリーのコーヒーがインスタントだけでなく豆もあるのがすごくいい。おいしいコーヒーで始められるのは嬉しい。しかしフリックで日記を書くのはいつもとべつの書くフォームというか予測変換にいかに引っ張られないか、というべつの気を回す必要があるので、キーボードがすでに恋しい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員。プルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、「家」の別のやり方を模索するZINE『ZINE アカミミ』などを制作。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。