2024.07.04

十時まで寝る。コーヒー豆の定期便が届く。グラノーラで朝食。食べ終えてからまだ冷凍の今川焼きがあったことに気がつく。しまったことだった。しかしまいばすけっとのプライベートブランドはよくない。この今川焼きもほとんど小麦粉であり、ニチレイなどのように端までぎっしりのあんこじゃない。素麺もすごくまずかった。午前のうちに郵便局で転送手続きを済ませる。いつも各書店への納品のため、大量のクリックポストやゆうパックを出していた窓口。お世話になりました。

区役所に移動して転出届も受付し、呼び出しまでの間に期日前投票を済ませる。どうせ現職の続投であろうが、他候補にどのように票が分散したかでこれまでの政策への支持や不支持を示せる。こういうとき、会社や町の食堂で見聞きする内容と、タイムライン上の言説との乖離の大きさを痛感する。とにかく、インターネット上でなにか物を書く層というのは、教室に一人か二人いればいい方な変わり者のであり、大半の人は文字など読み書きせずに社交で生きているのである。本ばかり読んでいるとまるで自分のような人ばかりのような錯覚に陥るが、幼い頃から一度だってみんなのようであったことなどない。そして、皆などというものがじっさいに存在していたことだってない。同質性を素朴に信じ込める人間が大多数であった時代状況というのは、自分が生まれた頃にはすでに終わっていたはずのものであるのだが、実感としてはまだまだ残存している幻想でもある。なんだかんだで、多くの人が、皆も自分と似たようなもの、と思い込んでいられるだけの状況が維持されているというところにこそ、現在の政治の「成果」である。近年になってようやく、それが成果でもなんでもなく、ただ蓋然性の高い予測の都合の悪さから目を逸らしてきただけのことだったということを、いよいよ直視せざるを得なくなってきてはいるが、なんだかもうなにもかも手遅れ、と自棄になってしまいそう。

選挙というのは、勝ちと負けの二元論でだけ捉えるとまじで茶番にすぎないのであるが、個々人がいまどのような振る舞いにげんなりし、どのような施策に期待するのかを数値で示すことにはなる。どれほど下劣であろうが既存の票だけで職を維持できてしまうとたかをくくれてしまうのが現状ではあるが、だからこそ支持層がごそっと減るだけでも否を突きつけることにはなる。その数に怖気付くほどの知性くらいはまだ残っていると思いたいけれど、そのような信頼も、すっかり毀損され尽くしてしまった。選挙を勝ち負けで捉えると好きか嫌いかだとか、敵か味方かみたいなゼロサムゲームにしかならないが、そもそも政治とはだれもがどこかで妥協するすっきりしない無限の調整ごとであり、だからこそ惰性と安定を取り違えがちな趨勢に対して、原理的な抗議を示してまだまだまったく平衡状態にはないということを可視化する意義はある。政治は白黒つけるためにあるのではない。白黒つけさせないためにあるのだ。だからこそ、選挙のたびにとにかく自他を切り離し、他を怪物化するような素朴な視野狭窄に熱狂する人々を見ると苦々しく思う。少数の側が多数に抗弁する時、そこに道義をもちこみ、原理的な頑固さを示すことはパフォーマンスとしては有効である。ただし、じっさいの調整の場において徹底した非妥協というのはそもそも破綻している。つねに妥協できる余地を残しておく。逃げ場を潰し切るというのは、遊びをなくすことであって、そのような設計は壊れやすいし、直すのも難しい。候補者ではなく提示された政策ごとの支持不支持に投票し、その得票の比率に応じて計画と実行の調整を進めるような制度が実装されないもんかなあとこの時期はつねに夢想してしまう。各候補者アンケートを眺めていて面白かったのは、与党寄りの候補者でも、選択的夫婦別姓については「賛成」が多数であったことで、すでに遅すぎるとも思うし、たかだか一自治体の選挙ではあるのだが、こういうところからメインのイシューにしていって、さっさと実装して欲しいものだと思う。

しかし暑い。午後すぐに帰宅したが汗だくで、急いでシャワーを浴びる。日射のダメージを補うように横になっていたら居眠りしていて、猫並みによく寝ていたと評される。目が覚めている間は本を読むか呪いのビデオを見るかしていた。靴もほとんど段ボールに詰めた。あっという間に夜中で、午後のなにもしていなさがすごい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。