2024.10.05

夜中に目が覚めてしまい、寝直すのに難儀した。客間には枕が何種類も置いてあったので、自分に合いそうなものをあれこれ試してみるのだがどうにも落ち着かず、薄いのを二個重ねたのがいちばんよさそうだと気がついたのはもう六時ちかく。これはよくないなと思いつつ、寝れるだけ寝て、八時過ぎに高田さんが迎えに来てくれる。お母様にご挨拶をし、手土産の落花生をお渡しする。朗らかで素敵な人だ。

今日は朝からアサヒサウナに行こうと誘われていて、楽しみだった。寝静まった他人の家でシャワーを使うのは遠慮して、それもあって早くさっぱりしたいと思っていた。弘前市立郷土文学館の前を通り、サウナの後はここに来ようと言う。格好いい造りの建物がいくつもある。それらを模したミニチュアさえ広場に展開されている。すぐ目の前の公園は城で、だからここは城下町だ。元銀行、裁判所、市役所に新聞社までぎゅっとまとまっている。こじんまりとした定食屋の軒には「バランス日替わり定食」と印字されている。二十四時間営業の自販機コーナーは、高田さんが子供の頃からすでに古びていて、毎日学生服を着た不良たちが屯して煙草を吸っていたという。三上ビルという渋いビルを斜めに捉えて交差点を渡ると下り坂で、右手にボウリング場の看板が見えてくる。あれがアサヒサウナの所在だ。夜は明かりが灯るであろう歓楽街は、朝はひっそりとしている。明け方というほどでもないからゴミもなく、片付いている。目当てのビルは一階に餃子スタンド、上はカラオケやボウリングとカプセルホテル、そして五階には大浴場とサウナがある。館内着なしの三時間コースでタオルを受け取り、洗い場に先客は一人だけ。ほとんど独り占め気分で体を磨き、湯に浸かり、サウナで蒸される。水風呂はぬるめ。屋内だけれど一箇所だけ窓を開けていいスポットがあるのだと教えてもらい、そこに椅子を持って行って窓を開けると山から吹き下ろす風が絶え間なく入り込んでくる。あー、これは、いいですねえと窓べりに足を置いて気持ちがいい。のんびり堪能して、脱衣場に置いてある寝そべり椅子で安らぐ。ぷへー。

お昼までまだ時間があったので、弘前市立郷土文学館に先に行く。高田さんは受付の学芸員も顔見知りらしく、お久しぶりですと挨拶を交わしている。企画展「文学紀行-青森県の名湯」を眺め、常設の方言詩周辺の交友関係を学ぶ。館長さんがいらっしゃって、こちらも親しげだ。新聞記者時代に関わりがあったとのことで、納得。あれこれと企画展のエピソードを教えていただき、温泉いいなあと考えていると、明日は温泉に行こうかと提案されて、行きたい!と返事をする。方言詩の朗読が聞ける映像資料があり、聞く。高木恭造の朗読には三上寛のギターの伴奏がついているというコテコテっぷり。しかし高木恭造の朗読はいい。ぼやくような、高めの声を投げ捨てるような発声。甘ったれた、愚痴っぽい暴力性がそこには感じられ、それはたしかにテロップで提示される文字面からも予感はできるのだけれど、この詩は高木の肉声ありきのもので、つまり声の作であり、文字に形象化されたそれは二次的なものに過ぎないのかもしれない。方言詩とは、上演台本から戯曲のあいだにある声への指示書なのではないかとも感じつつ、出版という方法をとった当時のおそらくは多分に技術的な、それでいてきっと思想的な背景を知りたい。どうもその端緒は慶應帰りの中央との距離があったようではあるので、素朴に土着のものとして捉えるのはおそらく誤りで、中央で整備されつつある「標準語」との緊張関係において要請された実践であったと考えるのが妥当な気がする。探せばそれらしい研究はすぐ見つかるだろうとここに書いているのは、まだ探していないからだ。

かだれ横丁という、複数の飲み屋が雑居する建物で、唯一ランチ営業もやっているインドカレー屋でキーマカレー。白くてつやつや、ふかっとしたナンで食べるカレーはずいぶん久しぶりで、スパイスカレーに慣れてしまうとまったく別のおいしさとして感じられる。中学生の頃から、外食といえばラーメンかインドカレーで、どちらも大好きだった。いまも好きだな、と確認する。その足で開店前のまわりみち文庫に寄り、奈良さんにご挨拶。開店前なのに図々しく棚を見させてもらい、そのあいだに開店し、『AMETORA』と津軽書房から出ている方言詩のアンソロジー『津軽の詩』を買う。

眠たくなってきたね、ということでご実家に引き返す。お母様が庭仕事をしていて、複数の形状の緑の合間に赤や黄色、白に紫の小さな花が点在するその庭はとても綺麗で、写真を撮らせてもらう。太陽で温められ、窓を開け放った客間に布団を敷き直し、二人で昼寝。扇風機の風が気持ちいい。お腹にだけタオルをかけて、夏休みみたいだ、朝の寝不足を補ってあまりある充実の眠り。

純喫茶ルビアンでコーヒー飲みながらかるく打ち合わせ。僕はコーヒーをおかわりし、チーズケーキも食べる。トイレを借りるとここも和式で、高田家も、だいたいの施設のトイレも和室が主だった。さすがに観念して使う。サウナのおかげかとびきりの快便で、そうか、とぐろを巻くというのは和式だったからこそ生まれたものだったのだなと得心する。小径を通って本屋に向かう。まわりみち文庫でのイベントは、高田さんを聞き手に個人出版について具体的なハウトゥを語るというニッチなものだったのだけれど、十人入れば満員の店内にぎゅうぎゅうで、誰もが真剣に耳を傾けてくださるのでこちらも熱を込めてあれこれと語る。原価の話や営業の話をここまで力説して熱心に頷かれる機会がこれまであったろうか。奇妙で面白い時間だった。お客さんも交えての打ち上げは昨晩と同じ高田さんの行きつけのバーで、高田さん奈良さん僕を含めて九人でおいしい焼き鳥を頬張りながら飲んで喋る。いったんおひらきにして、残った六人で日付が変わる頃まで深追いして、高田さんの同級生と一緒に実家まで帰り、リビングでタクシーを待つ二人を見送ってからすでに馴染んでいる客間の布団でぐっすり眠る。もう枕の具合はちょうどいいし、大丈夫。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。