2024.10.27

八時過ぎにはぱっちり目が覚める。熱めのシャワーを浴びて、ロッカーの荷物をまとめ、ラウンジに出る。この時点で九時だった。待ち合わせまであと三十分。そんなにかけなさそうと思いつつ、まあせっかく持ってきたんだしとMacBook を開いて日記を書く。二十五日の日記。奥さんがやってきて、一緒に出る。博多駅を挟んで向こう側にフグレンがあるらしい。そこでカフェラテとキッシュ、ホットサンドの優雅な朝食。十時半くらいまでゆったり過ごしてしまい、やや急足で博多国際展示場に向かう。開場十五分前くらいに着いて、慌ただしく設営。まあ間に合う。ふた晩つづけて飲んで、さすがに体臭が濃くなっている。髭も伸びていて、しまったことだった。シェーバーを持ってくるのをいつも忘れてしまう。今日の僕は汚い。

新刊もないし、スタートダッシュはないだろうとたかをくくる。開場して早々にさくっと目当てのブースで買い物を済まして、外山恒一のキラキラシールをゲットし、青柳堂でプルースト読了Tシャツを買いその場で着る。このあと多くの人に褒められることになる。昨年の会場、エルガーラホールは天神の駅前商店街の中心にあり、だからふらっと迷い込んだような人も多かった。そこにこそ感動したし、だから中心地から外れた今回はどうなることかと不安もあったけれど、会場の顔ぶれは赤ん坊から老人まで幅広く、ゆっくり見て回るひとがたくさんいたので嬉しかった。去年真っ先に来てくださった方が今回も早めにいらしてくれて、あっこの人は、と思いつつ、声をかけようか悩んでいたら向こうから、今年も来てくれてありがとうございます、と発話してくれる。酒の臭いや無精髭、なにより新刊があまりないことの後ろめたさのせいか、なんとなく焦り、あっやっぱりそうですよね、ちょっと自信がなくて言いそびれちゃいましたが、今回もありがとうございます、あはは、などとダサい受け答えをしてしまう。次からは、すこしでも見覚えがあったら去年も来てくれましたねとこちらから声をかけようと反省する。いちばんそれを伝えたい方だった。この人たちに会いたくてまた来たのに。まともな新刊もなく、それを過剰に申し訳なく思ったりして、ダサい。ただ会いにくればよかったのに。髭も剃れよ。それ以降も、何人も一年振りの方々がいらっしゃってくれて、ちゃんとそのように伝えられた場合もあった。会いにくるにも口実が欲しい。やはり大事なのは作り続けることだと何度も何度も思い直す。隣のブースの方はお子さんの運動会終わりにやってくるとのことで、十三時前になってやってきた。晴れてよかったですねえとお話をする。さっそく待ち構えていたお客さんが集まってきて、福岡の本を作り読む人たちの交流の輪を感じる。いい光景だった。のど飴もくださり、酒でガサガサの声が潤って助かった。のちに腹ペコだとこぼすとオレオもくださった。子供のためにつねにリュックにはお菓子が備えてあるのだと笑っていて、すてきだった。東京から来ている人たちに話を聞くと昨晩のブックバーひつじがは前夜祭のような様子だったらしく、顔を出せたら楽しかったろうなと思う。そりゃ二日前の夜だとまだ来ていない人の方が多いよな、といまさら思い至る。代わりに読む人のブースに大学の後輩にものすごくよく似た人が立ち寄っていて、まさか、と思いつつ確信を得たくてまじまじと見てしまう。そのあともしばらく目で追って、声をかけにいくか迷う。これで違ったら不審者だし、こんな場所でナンパする最悪のおっさんみたいだともうと怯む。そのあいだに見失ってしまったが、あとで本人だったとわかり、声をかけていればと悔やんだ。今回はそういう後悔が多く、やはり軽薄さを養い、じゅうぶんに気分をチャラチャラさせてから挑むべきだよなあと学んだ。次からはもっと軽くへらへら調子乗る。ちゃんと調子に乗る。恥をかくべき時にかくというのは大事なことなのだ。鈍重なカッコつけはなにも面白いことにならない。イベント慣れしてきて、アドレナリンがどっぱどぱ出てハイになるということがなくなっている。だからこそ、平熱でばかになる技術が必要だった。来年はちゃんと髭も剃るし、さっぱり小綺麗にして道化やるぞ〜と気持ちも新たにあっという間に閉場。

博多駅行きのバスに飛び乗り、駅ビルで明太子丼ともつ鍋定食をわけっこ。念押しで鶏の半身揚げも食べて満腹。早めに空港に向かってしまい、雨の展望台から飛行機を眺めたり、四つくらいのショップを見較べてお土産を見繕ったり、あまおうのスムージーとどら焼きを食べたりして楽しく過ごしていたら、搭乗手続きがぎりぎりになっていた。余裕あるし、待合室で録音しようかねと話していたはずなのに。乗り込んで、離陸を待たずに寝こける。揺れがすごいと予告されていたけれどどうだったのだろう。着陸準備に入った機内で『鉄鍋のジャン』の最終話まで読み、こんなのって……と絶句する。到着時刻が遅れたことで沖縄からの便と被り、スーツケースの返却レーンが変更になる。電車は終電ギリギリのはずが一本早いのに乗り換えができてラッキー。最寄駅は雨が降り、早足で帰る。扉を開けて、奥さんが玄関で荷解きを開始する、僕はすぐさま風呂場に干していた洗濯物を取り込み、浴槽を洗い、湯を溜める。三日振りの湯船は極楽で、え、こんなんが合法なんだっけ、と奥さんが言う。これって本当にただのお風呂ですか?と僕は返す。ゆるゆると溶け出すようで、出て寝支度をする。空腹な奥さんは冷蔵庫のロールケーキを食べる。僕は先に寝室に向かい、奥さんを待とうかとも思ったがそんな余裕はないとすぐ悟り、あっさり電気を消して寝こけてしまう。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。